3年生-初春-1

あの文化祭からおよそ半年が経ち、季節は春を迎えていた。

北海道の春は冬との間を行ったりきたりする。

今は四月の終わりだが、昨日降った雪はやっと花を咲かせたタンポポの上に無常にも降り積もっていた。

もうすぐ咲きそうだな。

雪に負けずに濃い桃色の蕾をところどころにだしている山桜。

ずりおちてくる自転車用ヘルメットを押しあげながら私は見上げていた。

あれから半年。半年も経った。

私の周りの環境はことごとく変化した。

何が変わったとかそういう細かい話ではなく、それこそ劇的なものだったと自分でも思う。

 

文化祭最終日。

キャンプファイヤーも終わり、片付けは翌日なので加奈と帰り支度をしていた時だった。

おい、キョウ!

不意に力強い声が聞こえた。

純ちゃんが私を呼ぶ声。懐かしいなあ。なんて浸っていると。

おい!お前この期に及んでシカトか?

慌てて振り向くと、教室の戸口に立っていた、純ちゃんとひろくん。

教室にいた生徒達が私達を見ているのが分かった。

その間を支度を終えたやっちょが平然とぬけていく。

ひろくんが「ほらほら」と手招きする。

戸口に来た私達を見た純ちゃんは、「帰るぞ」と言ってスタスタ歩き出した。

慌ててジャンパーを着ていた渡辺君も「おいらのこと忘れてるんでないの~」とか言いながら。

追い抜きざま、私達に人のいい笑顔で「置いてかれちゃうよ~」と声をかけ、三人を追いかけていった。

その自然さに加奈は

「あいつら本当に中学生?末恐ろしいわよ」と笑っていた。

元々一人でいてもこの田舎の中学校なんかでは目立ってしまう男子四人。

連れ立って歩くのは、必然的に自分も目立ってしまうことを意味する。

でも、やっと手にした自分の居場所。

決して皆のそばを離れようとは思わなかった。

帰り道、陽気な渡辺君がギターを弾きながらひろくんと加奈と掛け合ったり、

純ちゃんが、これからやろうとしている年内のイベントを即興の歌にして発表したり。

大声で笑った。

加奈はいつの間にか純ちゃんとも話すようになったらしく、その歯切れの良さをいかんなく発揮していた。

幼馴染四人に、新たに二人加わったこのメンバー。

笑いあう、彼らを見ながら。奇跡に近い感動を覚えていた。

自分が好きな人たちがまた仲良くなってその輪を広げていく。

なんて素敵なんだろう、と。

ふと、やっちょと目が合った。

鼓動が早くなる。顔は赤くないだろうか。

彼は何か言おうとしていたみたいだった。口が少し、開いた。でも、見ていないフリをした。

余裕が、なかった。色々ありすぎて、頭が、パンク状態だった。

最後の気力を振り絞り、作った笑顔で。

「じゃ、私こっちだから!今日は皆本当にありがとう!また明日ね!」と自転車を漕ぎ出した。

ヘルメットの間から吹き込む冷たい風が耳を苛める。ごわんごわんと。唾を飲み込み、やり過ごす。

ポケットに入っているもう冷たくなってしまったカイロ。

一人、自転車をこぐ。皆のことを考えながら。やっちょのことを考えながら。

 

「おはよう杏!全く間抜けな顔しないでよ、朝っぱらから」突然声をかけられた。加奈だった。

「あ、加奈おはよう。いやほら、桜、桜!」

「桜が何よ…今のこの寒い時期に花見でもするわけ?」

いぶかしげな顔をする加奈の後ろから勢いよく純ちゃんが割り込む。

その後ろからはひろくんもついてきていた。

「それはいい提案だな井上!よし!今週土曜日は花見だ!」

「純ちゃんひろくん!おはよう!!」

「なによそれ。あたしは嫌よ」

「純ちゃん、土曜日って野球部の練習試合じゃなかったの?」

「うるせえな浩明、試合が終わってからだから三時スタートで悪いか」

「賛成!兄貴達も呼ぶよ!」わくわくしてきた。季節イベントは、スキー大会以来だった。

「ちょっと、あたしは嫌って…」

「ナイスだキョウ!!井上も強制参加だからな!来なかったら後がこわいぞ!」二カっと。満面の笑みで純ちゃんは言う。

最近体つきがよりがっしりしてきて、普通の中学三年生より大人っぽくみえるのに、この笑顔は昔から変わらない。

「ちょっとそんなの…」

「そういえば修は元気か?札幌には慣れたって?」

「あんた無視する気!?」散々会話に割り込まれた加奈はすこぶる機嫌が悪い。

「まあまあ加奈ちゃん、僕がおいしいアップルパイ作ってくるから~毛布も持ってくるから~」

「うっさいわね!ちらし寿司ももってきなさいよ!こうなりゃヤケだわ!食べつくしてやる!」

「加奈ちゃん…最近純ちゃん化してない…?」

ひろくんが加奈をなだめているのを尻目に、私は四歳上の兄のことを考えていた。

 

五人の兄姉たち。

年が離れているせいもあってか、皆私をかわいがってくれたが、私を「キョウ」と呼び始めた、年の一番近い修兄は特に私に甘く、どこへ遊びに行くにも連れていってくれた。

彼は独特の雰囲気を持つ人で、とんでもなくおっとりとしているのだが、近所の悪ガキたちが様々な罠を仕掛けて私達をはめようとしても、いつも笑顔でするりとかわす頭のよさを持ち合わせていた。

そんな兄に純ちゃん達もよくなついていて、色んな罠をしかけたり、一緒に遊んだりしていた。

そしてそれは地元を離れてしまった今でも変わらない。

私がおとなしくなってからも「キョウ」と、笑顔で呼び続けている兄の名は修(おさむ)だが、私も「修兄(シュウにい)」と呼んでいる。

私は修兄が大好きで大好きで、つい一ヶ月前の引越ではわんわん泣いて純ちゃんに散々馬鹿にされてしまった。

修兄は、今年の春から札幌の国立大学に通っている。

 

「うんまあこっちとそんな変わんないって。ちょっと人は多いけど、大学自体は広々してるから気持ちいいってさ」

「お前寂しくて夜ピーピー泣いてんじゃねえの?」馬鹿にしたように純ちゃんが言う。

「そんなことないよ!めちゃくちゃ余裕だよ!」

「ま、修がいないと張り合いがねえからな、ちょいちょい帰れって伝えとけ」その笑顔に、なんだか楽しそうな匂いが漂う。

「もしかして、純ちゃんまた罠でも考えたの?」

「今までとはスケールが違うやつだからな。キョウも手伝えよ!」

「うん了解!楽しみだね!」

桜の蕾に乗っていた雪が、風ではらはらと落ちていた。

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