3年生-春-1

宮城県は、本州に入ったら是非とも行ってみたかった場所だった。

大抵、修学旅行といったら、青森とかが相場なのだが、私達の中学は、毎年宮城に行く。

絶景の松島も、近くの蔵王のお釜も、牛タンも、はぜも、時期ではないが出す店もあるというかき丼も。

私達は去年の文化祭の後辺りから、修学旅行の綿密な計画を立てていた。


二日間泊まる「南三陸ホテル観洋」の夕食でフカヒレがでるらしいとの噂をひろくんが入手すれば、フカヒレが好きではない生徒を片っ端から探し。

各部屋の額縁の裏にお札を貼って、修学旅行を恐怖の渦に陥れる計画を純ちゃんから極秘裏に発表されれば、皆でお札を沢山準備した。

書道7段の加奈が書いてくれたおかげで、限りなく本物に近くなった。

食事の時間には純ちゃんと渡辺君のリサイタル。

演目も去年の時点で決定しているらしいが、まだその内容は発表されていない。

自由行動ではヒッチハイクで観光名所をまわる予定だ。

ちなみにヒッチハイク用の「あいのり」風ダンボールも、5枚、わざと英語ですべて書いた。

修学旅行の荷物は、全員ゴールデンウィーク中につめ終わっている。

あとはもう、その日を待つだけだった。

 

妄想が妄想をよび、パンク寸前で勉強など皆手につかないゴールデンウィーク明けの月曜日。

修学旅行は木曜日からだ。

水曜日は休みになっているし、どうせ明日も授業にならないのだろうから、休みにしてほしいとの声が相次いだが。

担任の山崎先生だけが異様にノリノリだった。

 

いつもと同じ紫色のアディダスジャージに見え隠れする、蓄積された汚れ。

少しべたついた、長めの髪に混じっている白いものは、明らかに白髪ではないことが分かる。

頑なにオシャレと言い張る無精ひげは、整えられた跡すら見当たらない。

上履き用のローカットコンバースも、元は白だったのかもしれないが、今はダークグレーに変色している上に、かかとが踏み潰されていた。

唯一爪だけがゴミなど入る隙間もなく、いつも綺麗に切りそろえられてはいるが、人として最低限の清潔さしか保たない先生だ。

素行もあまりほめられる部分はない。

篠津の飲み会によく行くらしいのだが、参加した次の日は、半径5メートル以内に近づいてほしくないほど、お酒の臭いが強い。

その頻度が週1とあっては、臭気にあてられるこちらとしてはたまったものではない。

よく遅刻しているし、彼女が欲しいだの、乳をでかくしろだの、セクハラ発言も多い。

これがただの親父くさい教師であれば、そこまでなのだが。

 

つかず離れず、生徒との距離を一定に保ってくれるし、担当の社会も話が長いものの、毎度笑いを交えながらの授業ですこぶる分かりやすい。

さらに赴任してから全て責任者についているイベント事では必ず大成功を収めている。

純ちゃんとの息もぴったりで、中学校の教師としては珍しく、そしてその外見と言動からは想像できないほど、生徒から人気があった。


「まあまあまあまあ、なんもいいんでしょ。君らなんてねぇ、家なんか篭ってたら興奮しすぎて鼻血出しちゃうんだから丁度いいの。

どうせ授業なんてほとんどしないんだから、我慢してくれや。

そんで、今日の1時間目と2時間目は宮城県クイズやるから。俺、ゴールデンウィーク返上で作っちゃったから。酒をちびちびやりながら。

いやねえもうねえ、彼女いなくて寂しいとか、そういうレベルじゃないわ俺。それはそれで別にいいんだけどもさ、いや、よくもないんだけども。

1番ポイント稼いだ方には、なぁんと、南三陸ホテル観洋の夕食に俺の自腹で鮑がついちゃうんです。

なしてこんな太っ腹な俺に彼女はできないのかはともかくとして、いや、ともかくにはしてほしくないんだけども、参加する人は俺の周りに集まって~」

なんてだらだら言おうものなら、拍手と大歓声が起こり、あっという間に教壇に人だかりが出来る。


山センなまら寂しい男でしょ。

笑いながら山崎先生の肩を叩く馬場さんが見えた。


何のことはない、修学旅行前に宮城の歴史やら名所やらを学ぶ目的で作られたそのクイズ。

問題自体も、マニアックなものが多く、それほど楽しいとは思えないが、教室内は、異様な盛り上がりを見せていた。 

 

純ちゃんが、全ての問題を回答していたからだ。

 

「修学旅行の為に宮城は完璧に網羅した」というだけあって、ものすごい正解率だった。

なぜ「瑞鳳殿は何様式か」などというような問題がでるのか、

そしてなぜよどみなく「甘いな、桃山様式だ」と答える中学3年生がいるのか、甚だ疑問ではあるが。

きっと純ちゃんと山崎先生は感覚というか、嗅覚というか、目の付け所が似ているのではないだろうか。

でなければ純ちゃんがいう所の「網羅」は紛れもない事実ということになる。

これだけ集中力があるなら、学年1位なんて軽くなれそうなのに、勉強はさっぱり出来ないのも純ちゃんらしい。

 

宮城県クイズ大会は、事実上完全に山崎先生と純ちゃんの対決と化していた。

山崎先生がゴールデンウィーク中作り続けた問題はゆうに500問を超えていたが、その11つの問題に、間を置くことなく正解が繰り出される。

そのたびに渡辺君の鳴らす指笛が響き渡り、ギャラリーから歓声が上がった。


お互い不敵な笑みを浮かべながら、とてつもない速度で問題を消化していく2人。

ついに渡辺君とひろくんが司会をやり、加奈が強烈な野次を入れ始めた。

さらに盛り上がる教室内に、私はいまいち溶け込めずにいた。


痣を見ていた。

3日前、お風呂に入ろうとして気づいた、腕の痣。

やっちょに掴まれた部分に、ついていた。

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