3年生-春-2

もうちょっといろよ。

とは。果たしてどういうことだったのだろうか。

やっちょの本気とは、どこに向かっているのだろうか。

未だに答えの検討もつかない謎々。

2つ後ろの席には、いつも通りうつ伏せで寝ているやっちょ。

 

振り向けばすぐ近くにいるのに、大きな声を出さなくても呼べる位置にいるのに。

負けず嫌いで思わず言ってしまった言葉を、腕を掴んだやっちょの手を、思い出してしまい。

なんだか落ち着かなくて、彼の方を見ることすら出来ないのだ。

痣は、よく見なければ分からないくらいまでになっていたが、心に出来た疑問は、濃くなるばかり


わっと一際大きな歓声が上がった。純ちゃんは順調に答えを出しているようだった。

 

500問あった膨大な量の問題も、とうとうあと1問。

正解すればパーフェクト達成で、クラス全員に鮑が振舞われるらしい。もちろん、山崎先生の自腹で。

 

まるで東京フレンドパークのように。”パーフェクト”コールが渡辺君の誘導によって巻き起こっていく。

 

「どうした山セン、簡単な問題しか用意してないのか?」

「ふふふふふふふん、甘いねぇ。甘いよ。加藤はぁねえ」

やっぱりほら、俺、先生だもん。こずるいもん。

 

してやったり顔で山崎先生が出した最終問題は、

“宮城出身の俺の母ちゃんは、何歳で父ちゃんと結婚したか”

だった。

 

「これはーー!山センの超卑怯問題炸裂ーー!!!」

渡辺君の実況で一瞬沈黙したギャラリーが再び騒ぎ始める。

「てめえ!宮城県クイズでもなんでもねえだろが!!!」

「いやいやいやいや、加藤ちゃあん。ちゃんと問題聞いてた?

俺の母ちゃんね、宮城県出身なのさ。宮城県。関係してるっしょ?

文句あるの?あるの?ないよねえ?したらば。じっくり考えてくれたまえ、若人よ」


制限時間は2時間目が終わるまでの12分!パーフェクトは達成できるのか!

響き渡る渡辺君の声。

制限時間は12分。

ぼんやりと人だかりの出来ている教壇に目を向ける。


やる気はあると、本気になると私がビビると。言ったやっちょ。

制限時間なんて、あの時はなかった。

謎々でもなんでもなかったのかもしれない。

ただ、つぶやいただけだったのかもしれない。

それでも、腕に出来た痣を見ると。

私は答えを探してしまう。自分に都合のいい答えを、勝手に、必死に。


ぐぬぬぬ。

唸る純ちゃん。

ふふふん。

勝ちを確信した山崎先生。

 

ふいに右肩に感じた風。

森の匂いをまとったその人が、ゆったりと人だかりに近づいていく。

少し丸まった背中とゆったりした歩調はいつも通りで、熱くなる自分の右ほほが恥ずかしかった。


「なしたあ?」山崎先生が声をかける。


便所。

答えたやっちょは、純ちゃんの左側を通りながら言った。

「この前山崎、相当酔ってたって親父が言ってたけど」

 

 

うちもトイレ。と馬場さんが後を追う。

ガラガラパタン。閉まった扉。

 

「ちょっと加藤君!この間の宴会に山崎先生もいたってことでしょ山野君のあの言い方は!

何かおじさんから情報仕入れてないの!?思い出しなさいよ今すぐに!!!!」

加奈がものすごい形相で純ちゃんに詰め寄る。食べ物が関わると加奈は人格が変わるのだ。

 

「んなこと言ったってなあ。親父何か……あ?…あーーーーーーーーー!!!!!」

いきなり叫びだした純ちゃんが立ち上がり、勝利の人差し指を山崎先生に向けた。


「ぬかったな山セン!!!!!答えは21歳だ!!!!!しかも出来ちゃった婚でなんとまだ40代!!!!」

衝撃の告白に、全員どよめく。

「さあ山セン!判定は!?」

 

渡辺君の呼びかけに、固まった笑顔のまま山崎先生が記号でマルと書かれているダンボールで出来たお粗末な札を掲げると、教室中がお祭り騒ぎになった。


「皆やったね~!!!!鮑が食べられるよぉ!!!」

ひろくんが両手をあげて教室中を駆け回れば、

「スーパーミラクル大逆転勝利ーーーーーーーー!!!!!」

渡辺君は窓を開け放ち、グラウンドに向かって叫ぶ。

「鮑よ!鮑よ!!あ!わ!!びー!!!!」その渡辺君とともに雄たけびをあげる加奈。


ちょ。ちょーっとちょーっと。

慌てて何かを言おうとした山崎先生だったが、無情にも2時間目終了のチャイムが鳴り響く。

ガタガタ、ダダダと、一斉に皆が自分の席に着く。期待に満ち溢れた表情に、苦笑いの山崎先生が話し出した。

 

「まあったく、身からたっぷりサビが出てしまったなあ。仕方ないわ、うん。男に二言はありません。

君らに鮑をご馳走しましょうかね。ただし二人で一個ね。安月給ですからね」


即座に“山セン”コールが湧き上がる。


だけど私は上の空だった。

 

ずっと、前後にある教室のドアを代わる代わる見ていた。

 

出て行ったやっちょと馬場さんが、一緒にいるのか、いつ戻ってくるのか。

それだけが気になっていた。

 

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