跳ね返ったシャトルが体に当たり、あっけなく試合終了が告げられる。
負けた時点で引退という、中学最後の大会。
調子はものすごく良かった。
実際朝から良くラケットが振れていた。
それでも。
お昼過ぎの3回戦。あと1つ勝てばベスト16というところ。
やはり、第一シードの実力とは雲泥の差があった。
奇跡が起こるわけもなかった。
あれよあれよと点数を決められ、あっという間に終わってしまった。
7月最後の月曜日。札幌でその年2回目の真夏日。
「よく石狩大会まで頑張ったなぁ。3年間お疲れ」
狸小路のパスタ専門店。そこまで広くはない店内の、一番奥のソファー席。
ガチャガチャと、食器のぶつかる音と、話し声が混じる。
札幌近郊で有名なパスタ専門店は、いつでも客で賑わっている、とは加奈の受け売りだ。
向かいに座っているのは、ゴールデンウィークぶりに会う修兄。
忙しいはずなのに、豊平体育館まで私の応援に来てくれた、大好きな、修兄。
「うん。全道に行ってみたかったけど、石狩大会に出られたし、2回も勝てたから。もうすごい満足!」
笑顔で答える。
実際そうだった。やせ我慢はしていなかった。
うちのバドミントン部は、全道大会常連の真鍋君を除けばはっきりいって全員地区大会初戦を突破できればいいような弱小部だ。
私も例に漏れず、毎回地区大会の2回戦敗退だったのだが、最後は石狩大会まで出場できた。
これは快挙といっていい。
今まで練習を頑張って良かったと、心から思えた。
修兄が応援に来てくれたことも嬉しかった。
修兄が高校生 の時はいつもバスケの試合とかぶってしまっていた。
色々な意味で緊張したけれど、修兄が見てくれていたお陰も、少なからずあるような気がした。
お待たせしました、と、鼻の頭に汗をかいた男性店員が、ゴト、と頼んだものを置いていく。
バンダナのふちの色が汗で滲んで濃くなっている。
厨房は暑いのだろう。ゆでだこのように真っ赤な顔の男性店員。
それを見て、今日は暑いのだ、と再認識する。
さっきまで、蒸し暑く息苦しい体育館にいたのに、まるで季節が違うようだ。
クーラーのガンガン効いている客席は、夏を感じさせない。
むしろ、食事がこないと寒いほど。
事実、氷の入ったお冷にはまだ2人とも手をつけていなかった。
こういうところが札幌だと思う。
江別でスーパー以外にクーラーが効いている店は、知る限りあまりない。
置かれたサザエさんのスパゲティはおいしそうだった。
注文したとき、修兄に笑われてしまったけれど、頼んでよかった。
たらこであえたパスタの上にわかめとかつおの削り節。極め付けに、サザエのトッピング。
いくらが入っているのは少し高かったのでやめた。
修兄は、ツナと青じその梅風味。
それもおいしそうなので、後で一口もらおう。
「純ちゃんも渡辺君もね、勝ってるんだよ!渡辺君なんて市内大会で得点王だったんだって!」
「おお、やるなあ。もしかしたら地区大会でもやるかもな、ナベなら」
嬉しそうにフォークをくるくるする修兄に、私も嬉しくなる。
「渡辺君ってね、朝早くに来て練習して、夜も頑張ってるのに、ちゃんと双子ちゃんのお世話もしてるんだよね。それに、教室でもいっつも明るいんだよ?ほんとに、すごいなあって思う」
「ナベはさ、視野がすんごく広くて、それを活かす術も知ってる。パスも絶妙だし、自分で切り込んでいく判断力も抜群。その上、絶対マイナスのことは言わないから、あいつが1人いるだけで、本当に、一瞬で空気がいい方向に変わるんだ」
食べていたスパゲティの皿をこちらによこしながら、目尻を下げた修兄が言う。
自分の皿も向こうに渡し、手元を覗き込むと、半分ほどに減っているスパゲティ。
一口食べると、爽やかな和風の味。夏にぴったりの味。
「でもそれをさ、意識せず、楽しんで自然とやっちゃうのが、ナベって奴なんだよなあ。それに、あいつ裏表ないだろ?きっとどこでもそんな感じで楽しんでると思うよ」
いつも通り、自然と耳に入ってくる心地よい話し方。
穏やかな空気は、暑い日でも、寒い日でも、変わることはない。
修兄も、周りの空気を確実に変える人だと思う。
修学旅行で、渡辺君が修兄に似ていると、なんとなく思っていた。
実際修兄と久しぶりに会ってみると、なんとなくではなく、そっくりなことに気づく。
見た目や話し方などではなく、心のありかたが、きっと似ているのだろう。
そして、ツナと青じその方がおいしいと心の中で思ってしまった私に、さりげなく
「俺、こっちのが好きだわ。ごめんキョウ、バクってもらってもいい?」
と、妹に大甘なところもそっくりで。
なんだかとっても嬉しくて、店内の寒さも気にならなくなっていた。
※バクって=交換して、取り替えて
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