3年生-夏-7

脱衣所は、時間も昼近かったせいか、人もまばらだった。

木の枠に、シャワーカーテンがひかれているだけの簡素なスペース。

隣に入った加奈の方から、ガサゴソと音が聞こえる。

もう着替えているのだろう。

少し見上げると、壁にくっついている、錆びたシャワーヘッド。

ぴちゃん、ぴちゃん、と、水が漏れている。

そばにあったノズルを回して硬く閉めても、漏れがおさまることはない。

ノズルから手を離し、顔を近づければ、鉄の錆びた匂い。

 

「杏?ちゃんと着替えてる?」

くぐもった空間に、涼やかに響く加奈の声。

「あ、うん、これから。水漏れが気になって」

いくら考えても迷っても、もう海に来てしまっているのだから、悪あがきしても無駄なのに。

なんだかんだと言い訳を見つけてしまう。

空気が揺れるのがなんとなく分かる。笑っているのだろうか。

「あたし、もうすぐ終わるからね?杏も急いでよ?」

 

シャワーカーテンをひらいて通路で待っていた加奈のもとへ行くと、こちらと同じ半そでのパーカー姿。

普段パーカー姿を目にすることがないだけに、愛らしい姿に自然と笑ってしまう。

「そんなに似合わない?」

笑われている本人も、機嫌を悪くすることもなく、笑いかけてくる。

首をふり、「似合ってるのが意外でなんか面白い」と言うと、相手の笑みはさらに深くなった。

「さ、早く行かないとね」

肩口に添えられた手は、柔らかく、温かい。

それはまるで、頑張れ、と言われているようで。

 

去年の夏は、二人で買い物に行ったり、宿題をお互いの家で行うくらいだった。

遠出をすることなどなかった。

それはそれで楽しかったけれど、やはり心のどこかで思っていた。

一緒ならもっと楽しいのに、と。

彼らのことを、いつもどこかで考えていた。

きっと加奈は、ずっと、出会ったときからずっと、感じていて、何も言わずにいてくれたのだろう。

こういうふとした瞬間に、目の前にいる親友の優しさを感じ、泣きたくなる。

 

だから、まったく予期しない方向からの展開に反応できなかった。

浜辺へと歩く途中、突然の加奈の告白を理解できなかった。

 

晴天の霹靂といえばいいのだろうか。

晴れ渡った海辺からの温かい、潮の匂いを含んだ風が気持ちいい。

人の声があちらこちらから聞こえてくる。

その中に、純ちゃんや渡辺君の声も混じっていたかもしれない。

おそらく私たちを呼んでいたのだろう。

ただ、そのときの私は、いくら純ちゃんの声でも認識できなかった。

 

馬鹿みたいに突っ立って、目の前の友人を見ていた。

馬鹿みたいに口を開けて、不機嫌そうに顔をそらしている、その人を見ていた。

 

 

 あたしね、あの人のこと好きみたい。

 

 

ちら、と向けられた視線を驚いて追ってみて、停止寸前だった私の脳は完全に壊れてしまった。

 

視線の先に、「PENGUIN`S BAR」と書かれたオレンジ色のエプロンを見つけてしまったのだから。

 

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