北海道江別市のとある公立中学校の第二学年に私は属する。
二学期も少し経つと大抵の中学は文化祭シーズンに入るものだが、私が通う中学も例に漏れず文化祭の季節を迎えていた。
二年生は受験を控える三年生に代わり、生徒の中心になって動く初仕事ということで、大半は忙しく走り回る時期に突入する。
田舎だが、地域三校の小学校が合体するうちの中学は一学年四クラスと、わりと人数が多いうえ、文化祭自体その地域の一大イベントとなる程なかなか盛大なものなので、気合の入り方が皆違うのだ。
私もお祭りごとは好きなので、クラスの実行委員に友達と立候補した。
実行委員は一、二年各クラス男女二人ずつで構成される。女子は私と友人である井上加奈の二人があまりに早く手をあげたのであっさりと決まった。そして男子は…
やっちょが手をあげた。
もう見慣れた光景だが、クラスの女子が色めきたつのはあまり好きではない。
同じく手をあげたのは、純ちゃんややっちょ、ひろくんとといつもつるんでいるお調子者の渡辺君だった。
こうなると当然2年生各クラスの男子実行委員は純ちゃん一派で固められ、実行委員長に純ちゃんが落ち着くのは決まりきっている。
予想できたことだった。
純ちゃんが、この大イベントを見逃すはずはない。
フラッシュバックする過去。
すっかり忘れていた自分の間抜けさに、ため息がこぼれた。
私たちは、同じ中学校に進学していたが、もうあの頃のように仲良くはしていなかった。
全く話さない、というのが正解かもしれない。
仲が良ければ良いほど、話さなくなった時の気まずさといったらないものだ。
辞退しようかとも思ったが、露骨な印象はどうあっても拭えはしないだろう。
自分の浅はかさに泣きそうになりながら、放課後、実行委員の顔合わせと三役決定の会議に参加した。
文化祭実行委員会に割り当てられている視聴覚室に入ると、
思ったとおり、純ちゃんを筆頭にひろくん、やっちょ、渡辺君、その他いつもつるんでいる面子がずらっと並んでいた。
「キョウちゃんも実行委員になったんだね~。よろしくね~」
うん。よろしく。
ひろくんの優しい気遣いに、消え入りそうな声で答えて、下を向きながら対角の一番遠い席に加奈と落ち着く。
自意識過剰なのは分かっているが、直視する勇気はなかった。
会議はすぐに始まった。
先生方も、馬鹿だけど素直で統率力のある純ちゃんのことを認めているらしく(そこが田舎の醍醐味だと思う)、実行委員長に立候補した純ちゃんはあっさり全会一致で就任した。
「今年の実行委員長になった四組の加藤純一だ、よろしくな。副委員長、書記、会計は俺の独断と偏見で選ばしてもらう。山センそれでいいよな?」
山センと呼ばれた山崎先生は、「おぉ。やれやれ、やっちまえ」と面白そうに言っている。
彼は去年うちの中学に赴任してきたのだが、入学したての純ちゃんと意気投合し、何かと二人でタッグを組んで学校行事を盛り上げている。
「というわけだ。文句ある奴いるか?」
当然文句を言う子はいなかった。
いよっ!いいんちょお~!
渡辺君の合いの手がはいる。
「じゃあ発表するぞ」
どうせ副委員長がやっちょで、
「よし。まず副委員長に2組の山野康弘」
書記はひろくんで、
「書記は4組の桜井浩明。」
会計は渡辺君でしょ。
「そして会計は2組の」
四宮杏。
純ちゃんのよく通る声が響いた。
下を向いていた顔を思わず上げると、真っ直ぐこちらを見ていた純ちゃんと、目が合った。
挑むように、真っ直ぐ、私を見ていた。
どよめく教室。
そらせない目。
私の名前が呼ばれたような気がしたが、この騒がれようは、どうやら錯覚ではないらしい。
順当にいけばうちのクラスの渡辺君が会計になるところだった。しかも純ちゃんのご指名だ。
どうして私が選ばれたのか、全くもって納得いかない。
流石にこれは無理だ。いくらなんでも無理だ。
純ちゃんから目をそらせないまま、まだ大いにざわついている視聴覚室で。
「あの…辞退とかはできないかな」
控えめに言ったつもりだった。
それでも好奇な視線は一気に突き刺さる。
(何で四宮なんだよ)
(おいナベお前いいのか?)
ひそひそ話が耳につく。全て私に関するものだと分かってしまうから余計いらつく。
ここにいる誰より、私が一番納得がいかないのに。
「だったら俺が選ぶって言ったときに反対すればよかったんだぞ。反対しなかったからお前は会計に決定。じゃあ今月は毎週火曜と金曜の放課後にこの教室に集まるように」
以上、解散!
そのまま、目はそらされた。
有無を言わせない純ちゃんの態度に、ざわざわとだが皆が教室から出て行く。
軽く放心していた私に渡辺君が話しかけてきた。
「いやさ~、同じクラスだから分かるんだけど、四宮はやっぱ適任だと思うわけよ、うん。応援するから頑張れや」
いつでも誰にでも気さくな彼はそう言って純ちゃんを追いかけ教室を出て行った。
やっちょといつも一緒にいるせいでほとんど話したことはなかったが、なんていい人なのだろうか。
でもそんな優しさより「俺が会計やる」という台詞が今は欲しい。
「ちょっと杏、大丈夫…?」
隣にいる加奈が私を覗き込んだ。
「いや無理かも…」
「しっかりしなさいよ。ほら帰ろう」
私たちのクラスへと帰る短い距離の中で、このしっかりもので冷静だけど早口な友人は、先ほどの感想をまくしたてていた。
「加藤君流石だわ。杏が有能だっていうことは認めてるあたり器の大きさを感じるわね」
「そうなのかなぁ…」
「当たり前じゃない。いくら過去に何があったって、有能な人材は女子でもきちんと登用する、上にたつものとして将来を期待させるわね」
加奈は私たちの過去を詳細に知っている唯一の人物だ。
ふとあの日の出来事がよみがえる。
それは私たちが小学五年生の夏休み。
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