ちょうど8月に入ったばかりのその日はとても暑かった。
予報では最高気温が32度で、その年一番の暑さになるとのことだった。
いつものように遊んでいた私たちにも平等に真夏の太陽の光は降り注ぎ、セミの声が暑さに拍車をかけていた。
お小遣いを使い果たした純ちゃんは、ひろくんの小銭入れから勝手に100円をとってガリガリ君を買ってきていた。
おつりをせがんだひろくんはなぐられて泣いていた。
私はそれをげらげら笑いながらはやしたて、やっちょは蟻の数をひたすら数えていた。
なんてことはない、いつも通り、夏休みの風景。
午前中は皆で川辺にいたが、午後は何か違うことがしたいという純ちゃんの提案で、私たちは5キロ離れている駅まで自転車でやってきていた。
「それで、駅でなにするの?」
「よくぞ聞いたキョウ!オレたちは今から旅にでるのだ!」純ちゃんが得意げに答える。
「でもじゅんちゃんお金持ってないじゃん」
さっきガリガリ君代をひろくんから強奪したのを見ていた私はお金の出所が気になった。
「おいひろあき、今いくらもってる?」
自分に矛先が向けられるのが分かっていたのか、私たちに背をむけてどこかに行こうとしていたひろくんが、ビクッと立ち止まって振り返る。
「えっ?…に…200円…」
じっとりひろくんを睨みながら純ちゃんが言い放った。
「うそつけ、さっき1500円あったのをオレは見た。ヤスは?」
「オレ金もってない」
駅構内に設置してある洞爺湖のパンフレットを見ながらやっちょが答えた。
「次からもってこいよ。キョウはどうだ?」
がま口の中を見ると、360円入っていた。
「全部で2000円か…おいヤス、四人でどこまでいける?」
「1860円なら、札幌まで行ってかえってこれる。おつりもくる」
「よし!札幌にいくぞ!」
「「なにしに?」」私とひろくんの声がかぶった。
「冒険だ!」
「じゅ、じゅんちゃん、おこずかい全部なくなったら僕お母さんに怒られ…」
「電車がくるぞ!乗り込め!」
有無を言わさず乗り込んだ鈍行。ボックス席を陣取り、純ちゃんが窓を開けた。
ぶわっと風が舞い込んでくる。湿気が少なくカラッとしている北海道の夏。
入ってくる風も気持ちよく、夏の不快感を少しやわらげてくれた。
電車に乗り込んで2分程経つと、おもむろにやっちょが口を開いた。
「なあじゅんいち、これ、岩見沢行きじゃないか?」
「なに言ってんだ、どの汽車も札幌に行くだろ」
「じゅ、じゅんちゃん…こ、これやっぱり岩見沢行きだよ、今幌向だもん…」
どうやら私たちは、札幌とは反対方向の鈍行に乗っていたようだった。
「うるさいひろあき!行き先を岩見沢にするだけだ!」
「えーん」
「岩見沢っていえばグリーンランドだ!グリーンランドにいこう!」
さっさと目標を変更する純ちゃんだったが、やっちょが冷静に言った。
「入園料に確か一人千円くらいかかったようなきがするけど?」
沈黙する電車内。
「また金か!金なんか持ってるわけねーだろ!よし!じゃあ電車に乗れるだけ乗って降りずに帰ってこよう!」
「別にいいけど…。 ? 四宮どうした?」
私がお腹を押さえているのを見たやっちょ。
「いや…なんかおなか痛くて…。ガリガリくんのせいかな?」
先ほど純ちゃんとガリガリ君早食い対決をしたので、どうやらお腹を冷やしてしまったようだった。
「どうしたキョウ。ガリガリくんごときにやられてるようじゃお前もまだまだだな。」
ふふんと鼻を鳴らして純ちゃんが私を馬鹿にした。
「え~、特攻隊長なのにまだまだなの~?」
「当たり前だ。オレは宇宙大王様だぞ。ひれふせ」
「でででもキョウちゃんの具合悪いなら引き返したほうがいいんじゃない?」
「うん俺もそう思う。じゅんいち、電車乗り換えて江別に戻ろう」
ひろくんとやっちょに言われ、純ちゃんが決断を下す。
「まあそうだな。大事な仲間の命にはかえられん!よし!もどるぞ!」
「皆ごめんねえ」
3年が経った今、彼らと私は、形だけ、同級生の名目を保ったままでいる。 ひろくんは背は伸びたものの、惚れっぽい性格と泣き上戸で優しいところは相変わらず。 私が皆と距離を置いても、彼だけはよく私に話しかけてきてくれていた。 もっとも恋の相談が大半を占めていたのだけれど、私にとって彼は男の子で唯一「友人」と呼べる存在になった。 純ちゃんは中学に上がると同時に学校を牛耳り、好き放題やっている。 子分は随分と増え、馬鹿なことをやっては大騒ぎの連続だ。 その割に地元では有名は強豪野球部のレギュラーを一年からやるなど、きめるところはきめるのだから、彼はやはりただならぬ人物だ。 女子にはあまり好かれてはいなかったが、男子からの支持率がほぼ百パーセントというカリスマ性というからすごい。 同じ学校だけに、どんなに避けてもたまにすれ違ってしまうことがあるのだが、 「よう」 「どうも」 という会話しかしたことがない。 彼も私にはどう接していいか分からないらしい。 やっちょとは、あの夏の日以来話していない。 彼とは中学で一年二年と同じクラスになったものの、休み時間はいつも純ちゃんと一緒にいたし、中学に入ってから急に女子に騒がれだしたせいで、もともと彼が少し苦手だった私は話しかけるなんてとてもできなくなっていた。 まるで夢のようだった日々。 泣いていた私。 回る車輪。 背中の汗。 真っ直ぐ伸びたアスファルト。 どれも曖昧で。陽炎でぼやけてしまっている私の記憶に、唯一鮮明に残るのは、森の匂い。 ↓クリックいただけるとありがたいです↓