2年生-秋-3

「ちょっと杏、そこ入り口じゃなくて壁だけど!」

苦い思い出にトリップしていたせいで危うく壁に激突するところだった。

加奈が呆れ顔でこちらを見ている。

「大丈夫なの?」

中学に入って初めてできた「同性の親友」は、何かを私から感じ取っているようだ。

聡い彼女は、私の気持ちなど、手に取るように分かってしまうのだろう。

 

わざと明るく言ってみる。

「ねえ加奈が会計やらない?私よりしっかりしてるしさ」

「馬鹿なこと言わないでよ。あんな面倒臭いのあたしはごめんよ。第一指名されたのはあんたでしょ?加藤君はそこら辺、厳しい人だと思うけど?」

流石、純ちゃんの性格もきっちり把握しているようだ。

 

知らず知らず、大量のため息がこぼれる。

「自信ないよ、色んな意味で」

「何言ってんの。学年2位の才女が」

「でも田舎だし、所詮2位だし、あんまり自慢できないし…」

 

あのねえ。

 

と、加奈がわざとゆっくり言った。

「私は75位よ。馬鹿にしてんのあんた。

とにかく、男子で三役を固めなかったのは最高じゃない。今回は女子の意見もきっちり通してもらうんだから。

いい杏?クラスの模擬店はあたしと渡辺君でしっかりやるから、あんたはここで女子の地位をあげることに努めるのよ!」

「え、え~」

「え~じゃない。せっかくなったんだから!それにチャンスなんじゃない?」

 

「え?」

加奈の言っている意味が理解できずに、聞きかえす。

「後悔してるんでしょ?色々」

「…」

「そろそろ腹くくりなさいよね」

ニコリと笑みを浮かべるその表情は、猫のように愛らしいのに、何故か薄ら寒くなる。

 

「いじわる…」

「あら、ほめ言葉?嬉しいこと言ってくれるじゃない」

田舎の学校や地域というのには割りと男尊女卑的な感覚が残っているもので、私たちの中学も、生徒会や委員会など、必ず男子生徒が行ってきた。

今回の三役も当然男子で固められると思っていたら、じゅんちゃんが風穴を開けてくれたということを加奈は言いたいらしい。

それ以上のことも…。

加奈の言いたいことも分かるには分かるけど、こればっかりは理屈ではないのだ。

 

今更断れないのは分かっていたが、それでもこれからのことを思うと憂鬱になった。

それからは気まずい日々の連続だった。

 

三役になってしまったからにはほぼ毎日彼らと顔を合わせなければいけない。

純ちゃんは相変わらずぶっきらぼうだったし、やっちょとは一言も会話をしない。

 

それでもひろくんという話せる存在と、実行委員会の仕事の面白さには救われていた。

ひろくんが私たちの気まずい状況をなんとかとりなしてくれていたおかげで、文化祭の準備だけは着々と進んでいった。

文化祭をあと二週間に控え、私たちの忙しさはピークにきていた。

 

クラスの出し物はコスプレ喫茶(といっても中学生なので、あまりきわどい格好はしないが)で、

同じ実行委員の渡辺君と加奈が、私とやっちょの負担を考えて仕事をひきうけてくれていたので心配はなかったが、

いかんせんこの時期にくると様々な問題が起きてくる。

 

やれ予算が足りないだの領収書がないだの、挙句の果てには女がなんで三役だ、

などという意味の分からない個人攻撃も加え会計の仕事は増える一方で、朝は7時半から、

夜は8時まで学校に残って毎日仕事をこなしていた。

 

それは他の三役の皆もそうで、純ちゃんなんかは自分のクラスも総合プロデュースしていたおかげでほとんど寝ていないらしい。

ただ彼のすごいところは、そんな状況でも楽しめることだ。

委員長の仕事に飽きると漫才のネタを考えながらゲラゲラ笑っていた(彼のクラスはお笑いライブ喫茶をやるらしい)。

一緒に作業している教室で、しかも彼の特等席の教壇でそういうことをするものだから、嫌でも耳に入ってしまい、

何度も笑いを堪えるのに苦労したが、他の三人にはばれてはいないようだ。

その日も朝7時半くらいに私は登校し、真っ先に実行委員会の本部として割り当てられている視聴覚室に向かった。

 

夕べ学校から帰ると生理が始まってしまった。

生理通の重い私は痛み止めを飲んでいても大抵二日目に貧血で倒れてしまうのでいつもは学校を休んでいたのだが、

今はやることが山積みなのに休むわけにはいかない。

今日を乗り越えられるかが勝負だった。

十月も半ばになると北海道はもう一桁の気温だ。朝ともなると氷点下の時もある。

手袋を取りながら、上靴に履き替える。

足を入れると、何ともいえない冷たさが足全体を包んだ。

 

パタパタと、私の足音だけが響く廊下。

その音は一定ではない。

白い息を吐きながら、痛む下腹部を抱えて、冷え切った廊下を必死に歩いた。

視聴覚室のドアを開けるとふわっと暖かい空気がなだれ込む。

ほっ、と。

やっと息のできる感覚に戻った

 

 

何時ごろ来ているのか定かではないが、

やっちょはいつも視聴覚室の機材の奥に隠れるようにある机を陣取って仕事をしている。 

やっちょの主な仕事はタイムスケジュールの管理や広告取りなど、教室でやるような仕事がすくなかったので、

放課後は顔を出すだけで各所を回り、パンフレット制作などの庶務的な仕事は朝早く来てやっているようだった。

 

今日もそこに彼はいた。

 

 ↓クリックいただけるとありがたいです↓

                                   BACKTOPHOMENEXT