2年生-秋-6

二日間の文化祭も最終日を迎え、予想通りの盛り上がりを見せていた。

 

独特の雰囲気に気分が落ち着かない私は、模擬店の当番が終わり、ほっとため息をつく。

 

ナース服を着た渡辺君が、テトテト近づいてきた。

「四宮ちゃ~ん。どうこれ。俺さあ、昨日のセーラーも良かったとは思うんだけども、

ナース服の方が抜群に似合ってると思わん?」

やっぱタイトなスカートだわ、うん、ポイントは。

 

準備中にすっかり打ち解けたおかげか、気軽に話しかけてきてくれる。

中学から一緒の彼は、私たちのことを知っているのか、知らないのか。どちらにしても、もともとの印象通り、とても気さくな人だった。

 

しなを作って流し目をされ、思わず噴出してしまった私に、ニヘラと、人のいい笑みを浮かべる。

 

「せっかくさあ、店番交代なんだから。ちょっくら息抜きでもしてくればいいんでしょ。俺はあ、この悩殺スタイルで、しかと皆の衆のハートをキャッチしとくから」

 

何気なく、さり気無く。その優しさに、純ちゃん達といつも一緒にいるのが頷ける。

 

「うんありがとうね。そしたらちょっと抜けるけど、よろしく」

 

ごゆっくり~。

ヒラヒラと右手をふる渡辺君をあとに、少し休みたくて自然と足が向かうのは、視聴覚室だった。

 

文化祭実行委員といっても、本当に忙しいのは前日までだ。

しっかりと準備をおこなっていれば、当日は予定通り進行するかを確認するだけでいい。

ちょっとしたハプニングはあっても、そこは山崎先生をはじめとした先生軍団のフォローにより、滞りなく、文化祭は進んでいた。

 

 

通常教室のない一階の視聴覚室周辺は、模擬店などもないのでほとんど人は足を運ばない。

がやがやと、遠くから聞こえる喧騒の中、入り口に手をかけようとすると、中から声が聞こえた。

 

俺のリサイタルに使うペンライトは!?

そんなの知らないよぅ。

この間ちゃんとしまっとけって言ったろ!

聞いてないよぉ!!!

 

純ちゃんとひろくんの声だった。

いつも通りの掛け合い。準備期間中、何度も聞いていたのに、今日は躊躇してしまい、扉の前で立ち止まった。

つい何年か前までは私もあの輪の中にいたのに、今ではその会話を聞くことさえ罪に感じる。

楽しそう。いいな。

最近いつもそう思う。

こんなはずじゃなかった。

あの時のままだったら、私は今も彼らと同じ目線で笑ったり、ふざけあったりできたはずだ。

かけ違えたボタンは、直されることなく今に至っていた。

 

 

後悔している。

遠ざかったのは自分だというのに。

 

彼らにだけは、自分を女の子として見られたくなかった。

違うのが自分だけなんて、耐えられなかった。

 

どうすればよかったのか。どうすればいいのか。

 

悪あがきして、彼らによって自分が「女の子」だという事実を最終通告される前に、逃げた自分。

これ以上自分が惨めにならないために。

でも今は。

嫌だといいながら、どこかで彼らとの接点を私は探していた。

きっと会計を断りきれなかったのも、もしかしたら自然に、と、期待していたからではないのか。

自分から行動する勇気はないくせに、過去の自分にしがみついている。

余計、痛くなるだけなのに。

分かっているのに。分かっていたのに。

妙に遠くに聞こえる二人の騒ぎ声。

まるで自分が隔離されてしまったかのような感覚に陥る。

 

立ち尽くしたまま、自分の上靴を、じっと見つめた。

涙が滲む。視界が、ぼやける。

入学に合わせて、うちの学校は指定がないからと、母が選んでくれた、ナイキのエア-フォ-ス

もう大分くたびれているそのスニーカーが、歪んできた。

 

ジワジワ溢れてきそうになるものを、絶対に流すまいと顔を上げると、目の前に。

「…何してんの」

呆れ顔なのだろうか。元々そういう表情なのだろうか。やっちょがそこに、いた。

一番、会いたくない人だった。

「なんでもない」

努めて冷静に、つぶやいた。

沈黙が私に襲い掛かる。

聞いたわりに、視聴覚室の方に目を向けるやっちょ。

早く中に入ればいいのに。

この醜い感情を悟られる前に。

 

再び目線をナイキのスニーカーに戻した時。

ぐい、と、左肘の辺りをつかまれた。

少し顔を上げると、見えるのは背中だけ。

 

そして彼は私の左肘をつかんだまま、歩き出す。

 

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