二日間の文化祭も最終日を迎え、予想通りの盛り上がりを見せていた。
独特の雰囲気に気分が落ち着かない私は、模擬店の当番が終わり、ほっとため息をつく。
ナース服を着た渡辺君が、テトテト近づいてきた。
「四宮ちゃ~ん。どうこれ。俺さあ、昨日のセーラーも良かったとは思うんだけども、
ナース服の方が抜群に似合ってると思わん?」
やっぱタイトなスカートだわ、うん、ポイントは。
準備中にすっかり打ち解けたおかげか、気軽に話しかけてきてくれる。
中学から一緒の彼は、私たちのことを知っているのか、知らないのか。どちらにしても、もともとの印象通り、とても気さくな人だった。
しなを作って流し目をされ、思わず噴出してしまった私に、ニヘラと、人のいい笑みを浮かべる。
「せっかくさあ、店番交代なんだから。ちょっくら息抜きでもしてくればいいんでしょ。俺はあ、この悩殺スタイルで、しかと皆の衆のハートをキャッチしとくから」
何気なく、さり気無く。その優しさに、純ちゃん達といつも一緒にいるのが頷ける。
「うんありがとうね。そしたらちょっと抜けるけど、よろしく」
ごゆっくり~。
ヒラヒラと右手をふる渡辺君をあとに、少し休みたくて自然と足が向かうのは、視聴覚室だった。
文化祭実行委員といっても、本当に忙しいのは前日までだ。
しっかりと準備をおこなっていれば、当日は予定通り進行するかを確認するだけでいい。
ちょっとしたハプニングはあっても、そこは山崎先生をはじめとした先生軍団のフォローにより、滞りなく、文化祭は進んでいた。
通常教室のない一階の視聴覚室周辺は、模擬店などもないのでほとんど人は足を運ばない。
がやがやと、遠くから聞こえる喧騒の中、入り口に手をかけようとすると、中から声が聞こえた。
俺のリサイタルに使うペンライトは!?
そんなの知らないよぅ。
この間ちゃんとしまっとけって言ったろ!
聞いてないよぉ!!!
純ちゃんとひろくんの声だった。
いつも通りの掛け合い。準備期間中、何度も聞いていたのに、今日は躊躇してしまい、扉の前で立ち止まった。
つい何年か前までは私もあの輪の中にいたのに、今ではその会話を聞くことさえ罪に感じる。
楽しそう。いいな。
最近いつもそう思う。
こんなはずじゃなかった。
あの時のままだったら、私は今も彼らと同じ目線で笑ったり、ふざけあったりできたはずだ。
かけ違えたボタンは、直されることなく今に至っていた。
後悔している。
遠ざかったのは自分だというのに。
彼らにだけは、自分を女の子として見られたくなかった。
違うのが自分だけなんて、耐えられなかった。
どうすればよかったのか。どうすればいいのか。
悪あがきして、彼らによって自分が「女の子」だという事実を最終通告される前に、逃げた自分。
これ以上自分が惨めにならないために。
でも今は。
嫌だといいながら、どこかで彼らとの接点を私は探していた。
きっと会計を断りきれなかったのも、もしかしたら自然に、と、期待していたからではないのか。
自分から行動する勇気はないくせに、過去の自分にしがみついている。
余計、痛くなるだけなのに。
分かっているのに。分かっていたのに。
妙に遠くに聞こえる二人の騒ぎ声。
まるで自分が隔離されてしまったかのような感覚に陥る。
立ち尽くしたまま、自分の上靴を、じっと見つめた。
涙が滲む。視界が、ぼやける。
入学に合わせて、うちの学校は指定がないからと、母が選んでくれた、ナイキのエア-フォ-ス。
もう大分くたびれているそのスニーカーが、歪んできた。
ジワジワ溢れてきそうになるものを、絶対に流すまいと顔を上げると、目の前に。
「…何してんの」
呆れ顔なのだろうか。元々そういう表情なのだろうか。やっちょがそこに、いた。
一番、会いたくない人だった。
「なんでもない」
努めて冷静に、つぶやいた。
沈黙が私に襲い掛かる。
聞いたわりに、視聴覚室の方に目を向けるやっちょ。
早く中に入ればいいのに。
この醜い感情を悟られる前に。
再び目線をナイキのスニーカーに戻した時。
ぐい、と、左肘の辺りをつかまれた。
少し顔を上げると、見えるのは背中だけ。
そして彼は私の左肘をつかんだまま、歩き出す。
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