「ちょっと、山野君!?離してよ!」
ずんずんと、私を引っ張り歩いていくやっちょに、たまらず声をあげたが、解放してくれる気はないらしい。
玄関をでて、グラウンドを横切る。上靴でもお構い無しで。
ナイキのスニーカーに、だんだんと土がついていく。卒業までもつだろうか。
グラウンドの脇、校舎からも外からも丁度死角になるように、オニグルミの木のそばにぽつんと設置されているベンチの前で、急に彼は足を止めた。
周りには落ちたオニグルミの実がちらばっている。まだ青い。
土に埋めて、周りの部分を腐らせるのに、この分だと一週間くらいかかるだろう。
やっちょの行動が分からずに、ぼさっと突っ立っていた私。
「じゃあ、今度は、見つかんないように」
ああそうか。
この人は私が泣ける所へ連れてきてくれたのか、と、気づいた。必死に隠していたのに、ばれていたなんて。
声をかけられた時、涙がこぼれそうになっていたことを、思い出す。
さぞや間抜けな顔だったのではないだろうか。
恥ずかしい。穴を掘って入って、上から土をかぶせてほしい。
恥ずかしくて恥ずかしくて…恥ずかしいけれど。
ついさっきまで泣きそうな私だったのに、突如噴出してしまった。
立ち去ろうとしていたやっちょのつま先が、再びこちらを向いた。
アディダスの、メトロアティチュード。ローカットタイプだ。
「なんだよ」
初めて聞く、ちょっと焦ったような声。
さらに笑いがこみ上げ、とうとう本格的に笑ってしまった。
「ご、ごめん、なんか、私、めちゃくちゃ、かっこ、わるく、て」
声をあげ、おなかを抱えて笑った。
「しかも、やっちょの、あ、焦った、声とか、はじめて、きくし」
どさっ。
今度は笑ったことによって流れ出てくる涙を拭きながら音のした方向を見ると、ポケットに手を突っ込み、俯きながら。
やっちょがベンチに腰掛けていた。
表情は見えない。視聴覚室の前で見た、あの呆れたような顔なのだろうか。
ごめんごめんと謝りながら、それでもこみ上げてくる笑いは止めずに、私もベンチに腰を下ろした。
雪虫が飛んでいた。白い、米粒くらいの虫が、ほわほわと。
なぜか、ずっとやっちょが苦手だった。
純ちゃんもひろくんも「キョウ」と呼ぶのに、彼だけが、「四宮」と、苗字で私を呼んだ。
1人いなくなることもよくあった。そういう時は、大抵安田のばあちゃん家の裏から2キロほど続く、森に入っていた。
いつも、やっちょからは、木とか、草とか、土とか、そういう匂いがした。
あまり、話したことはない、でも、いつも一緒だった人。
あの時も、ただ泣いていただけの私を家まで連れて帰ってくれた。汗でTシャツがびしょびしょになるほど、必死に。
「ありがとう、ね」
自然と。言葉が出た。
「ひっさしぶりに、あだ名で呼ばれた」
話がかみ合わないのもあまり気にならなかった。
「あれ、本当に?いつ?」
「大口開けて笑ってた時」
俯いたままのやっちょをちらり横目で睨む。ぼさぼさの髪で、やっぱり表情はわからないが、口の端が、上がっていた。
オニグルミの木を見上げる。落ちそうな実が、大量にある。早速ひとつ落ちた。
ぼてっ。
面白い音だ。また少し笑う。
時刻は四時近くになり、文化祭用に特注したロンTと制服のスカートだけでは明らかに凍えそうな気温になっていた。
白い息が木へと上がっていくのを見ながら。 何も考えず、つぶやいていた。
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