視聴覚室は暖かかった。 でも、私の顔は、白い。緊張しすぎて、胃の辺りが、なんだかしくしくしていた。
私とやっちょが揃って入ってきたことに、純ちゃんもひろくんも驚いていたようだ。
教壇を挟むように、向かい合わせで座っていた2人の顔が、こちらを見て止まる。
「寒い寒い」とパネルヒーターの前に椅子をくっつけ、暖をとったやっちょ。戸口に残された、私。
仁王立ちで、純ちゃんを見る。
まるで金縛りが解けたかのように、ひろくんが。
「キョウちゃんどうしたの?大丈夫?」と駆け寄ってくる。
純ちゃんは、怪訝そうな表情のまま私を見ていた。
視線が、重なる。
まぶしい、力強い、太陽みたいな、人。引き寄せられずには、いられない。
「あの、純ちゃん。聞いてほしいことがあるんだけど」
駆け寄ってきたひろくんはその足を止め、やっちょは背中越しに、純ちゃんはさっきと変わらぬ表情で、私をじっと見ていた。
心臓の音が聞こえる。しくしく、胃が悲鳴を上げている。
こんなに緊張するのは初めてかもしれない。
大丈夫、落ち着いて。すっと息を吸う。
森の匂いが、勇気をくれる。
「私、あのことがあって皆から逃げた。女だからって。今までみたいに接してくれなくなるって、思って。
それくらいなら、自分から離れた方が楽だと思って、私、逃げてた。ずっと。本当にごめん。
三役になって、皆の輪の中に入れないのが本当に辛かった。 それでやっと気づいたの。離れ続けることなんて出来ない。
私は、やっぱり皆が大好きで、一緒にいたい。許してもらえるなら…すごく中途半端な自分だけど」
半ば叫ぶように言った。
「もう一回、仲間に入れてください!」
沈黙が流れる。
泣きそうになりながら、中学2年生の女子が、大真面目に言う台詞ではないけれど。
下は向かない。泣くわけにはいかない。
まっすぐ彼らを見据えて、彼らと向き合わなければいけない。
今までそれを怠ってきたのだから。
傾いてきた夕日が、差し込む。
暗い、オレンジ色で満たされ始める、教室。
誰も、何も、言わず。パネルヒーターの、カンカンという、僅かな音だけが、響く。
逆光で彼らの顔がよく見えなくなっていた。
オレンジ色と、3つの黒い、人の形。
手足が、唇が、震えていた。
パッと、教室が明るくなる。電気のスイッチを、やっちょが入れたようだ。のそのそと、パネルヒーターのそばのいすに戻る。
真っ先に目に入るのは、純ちゃんの、眼差し。
変わらず、純ちゃんは。私をじっと、ただじっと見ていた。
ピンポンパンポーン。突然流れる、全校放送。
『時刻は午後五時に…………なお、生徒の皆さんは午後六時よりキャンプファイヤーをグラウンドにて執り行いますので、五時五十分にグラウンドに集合してください。』
まるで、合図のように。
「俺も、悪かった」
視線をずらすことなく、純ちゃんが静かに、言う。
「これでアイコだからな!」いきなり大声になり、ぷいっと、そっぽを向かれた。
「…え?」何も、頭に入ってこない。純ちゃんは、何と言ったのだろうか。
しばしの沈黙が流れる。
ぶはっ。
いきなりやっちょが笑い出した。
お腹を抱えてひいひい言っている。
訳が分からない。
「ヤス、てめえ…」震え始める、純ちゃんの後頭部。
「アイコって…ぶくく…」何が、起こった?
「アイコはアイコだろうが!文句あるか!」立ち上がって、やっちょに近づいていく純ちゃん。
「その図体でアイコ…」「うるせえな!」
「ちょっと二人ともやめてよぅ!」たまりかねたひろくんが割ってはいってきた。
「キョウちゃん。純ちゃんはキョウちゃんのことずっと気にしてたんだよ?」
「おい浩明」純ちゃんの制止の声も無視し、続ける。
「仲間はずれにしちゃったんじゃないかって。あの時、無理矢理キョウちゃんの部屋に入っていってやれば良かったって」
「浩明!!」
「でもキョウちゃんもキョウちゃんで、自分から離れていっちゃったでしょ?だからお互いに謝っておあいこ!
キョウちゃんは責任感も強いから会計にぴったりだったし、この三役をきっかけに皆でまた仲良くしたかったんだよ!ね、純ちゃん!」
目をキラキラさせながら話すひろくん。
「お・ま・え・は!!!」ひろくんに飛びかかっていく純ちゃん。
一瞬見えたその顔は、真っ赤で。
体が一気に、熱くなっていく。
「…本当に?」声が震えた。心も。分かる限り、私の全部が震えていた。
「あのな、そう簡単にやめるくらいなら、最初から、仲間なんて、作らない」
「ナガタロック2」をひろくんにかけながら、純ちゃんが答えた。事も無げに。
タップタップ!タップ~!!ごめんなさい~!!
ひろくんが叫んでも、なかなか止めようとしない。
いいか、おれたちは、ずっと、なかまだ。わすれるな。
その約束が、再び私をゆっくりと満たしていく。
「…ああ、やっぱり、純ちゃんだ…」
ようやくひろくんを開放し、後ろをむいて立ち上がった純ちゃん。
腕組をしながらいつもの大声で叫んだ。
「いいか、俺達は、ずっと仲間だ。今度こそ忘れるなよ!」
耳が赤い。
「くせぇ…」笑いが止まらないやっちょ。
「分かってんだよ、んなことは!!!」今度はやっちょに襲い掛かる純ちゃん。
涙が、はらはらと、溢れ落ちた。もう、我慢しなくていいと思ったら、止まらなかった。
ひろくんがこちらに来る。「あぁあぁ、泣いたら目がはれちゃうよぅ…ぅ…でも、よ、良かったね、ぇ…えーん」
塩っ辛い水が、口に入ってきた。決しておいしくは、ない。でも。
自然と笑顔がこぼれる。
亀裂は、修復の跡はあったけれど、綺麗に埋まっていた。
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