2年生-秋-9

視聴覚室は暖かかった。 でも、私の顔は、白い。緊張しすぎて、胃の辺りが、なんだかしくしくしていた。

私とやっちょが揃って入ってきたことに、純ちゃんもひろくんも驚いていたようだ。

教壇を挟むように、向かい合わせで座っていた2人の顔が、こちらを見て止まる。

 

「寒い寒い」とパネルヒーターの前に椅子をくっつけ、暖をとったやっちょ。戸口に残された、私。

仁王立ちで、純ちゃんを見る。

 

まるで金縛りが解けたかのように、ひろくんが。

「キョウちゃんどうしたの?大丈夫?」と駆け寄ってくる。

純ちゃんは、怪訝そうな表情のまま私を見ていた。

 

視線が、重なる。

まぶしい、力強い、太陽みたいな、人。引き寄せられずには、いられない。

 

「あの、純ちゃん。聞いてほしいことがあるんだけど」

駆け寄ってきたひろくんはその足を止め、やっちょは背中越しに、純ちゃんはさっきと変わらぬ表情で、私をじっと見ていた。

心臓の音が聞こえる。しくしく、胃が悲鳴を上げている。

こんなに緊張するのは初めてかもしれない。

 

大丈夫、落ち着いて。すっと息を吸う。

森の匂いが、勇気をくれる。

 

「私、あのことがあって皆から逃げた。女だからって。今までみたいに接してくれなくなるって、思って。

それくらいなら、自分から離れた方が楽だと思って、私、逃げてた。ずっと。本当にごめん。

三役になって、皆の輪の中に入れないのが本当に辛かった。 それでやっと気づいたの。離れ続けることなんて出来ない。

私は、やっぱり皆が大好きで、一緒にいたい。許してもらえるなら…すごく中途半端な自分だけど」

半ば叫ぶように言った。

「もう一回、仲間に入れてください!」

 

沈黙が流れる。 

泣きそうになりながら、中学2年生の女子が、大真面目に言う台詞ではないけれど。

 

下は向かない。泣くわけにはいかない。

まっすぐ彼らを見据えて、彼らと向き合わなければいけない

今までそれを怠ってきたのだから。

 

傾いてきた夕日が、差し込む。

暗い、オレンジ色で満たされ始める、教室。

 

誰も、何も、言わず。パネルヒーターの、カンカンという、僅かな音だけが、響く。

逆光で彼らの顔がよく見えなくなっていた。

オレンジ色と、3つの黒い、人の形。

手足が、唇が、震えていた

 

パッと、教室が明るくなる。電気のスイッチを、やっちょが入れたようだ。のそのそと、パネルヒーターのそばのいすに戻る。

真っ先に目に入るのは、純ちゃんの、眼差し。

変わらず、純ちゃんは。私をじっと、ただじっと見ていた。

 

ピンポンパンポーン。突然流れる、全校放送。

『時刻は午後五時に…………なお、生徒の皆さんは午後六時よりキャンプファイヤーをグラウンドにて執り行いますので、五時五十分にグラウンドに集合してください。』

 

まるで、合図のように。

 

「俺も、悪かった」

視線をずらすことなく、純ちゃんが静かに、言う。

「これでアイコだからな!」いきなり大声になり、ぷいっと、そっぽを向かれた。

「…え?」何も、頭に入ってこない。純ちゃんは、何と言ったのだろうか。

 

しばしの沈黙が流れる。

ぶはっ。

いきなりやっちょが笑い出した。

お腹を抱えてひいひい言っている。

訳が分からない。

 

「ヤス、てめえ…」震え始める、純ちゃんの後頭部。

「アイコって…ぶくく…」何が、起こった?

「アイコはアイコだろうが!文句あるか!」立ち上がって、やっちょに近づいていく純ちゃん。

「その図体でアイコ…」「うるせえな!」

 

「ちょっと二人ともやめてよぅ!」たまりかねたひろくんが割ってはいってきた。

「キョウちゃん。純ちゃんはキョウちゃんのことずっと気にしてたんだよ?」

「おい浩明」純ちゃんの制止の声も無視し、続ける。 

「仲間はずれにしちゃったんじゃないかって。あの時、無理矢理キョウちゃんの部屋に入っていってやれば良かったって」

「浩明!!」

「でもキョウちゃんもキョウちゃんで、自分から離れていっちゃったでしょ?だからお互いに謝っておあいこ!

キョウちゃんは責任感も強いから会計にぴったりだったし、この三役をきっかけに皆でまた仲良くしたかったんだよ!ね、純ちゃん!」

目をキラキラさせながら話すひろくん。

「お・ま・え・は!!!」ひろくんに飛びかかっていく純ちゃん。

一瞬見えたその顔は、真っ赤で。

 

体が一気に、熱くなっていく。

「…本当に?」声が震えた。心も。分かる限り、私の全部が震えていた。

 

「あのな、そう簡単にやめるくらいなら、最初から、仲間なんて、作らない」

「ナガタロック2」をひろくんにかけながら、純ちゃんが答えた。事も無げに。

 

タップタップ!タップ~!!ごめんなさい~!!

ひろくんが叫んでも、なかなか止めようとしない。 

 

いいか、おれたちは、ずっと、なかまだ。わすれるな。

 

その約束が、再び私をゆっくりと満たしていく。

「…ああ、やっぱり、純ちゃんだ…」

 

ようやくひろくんを開放し、後ろをむいて立ち上がった純ちゃん。

腕組をしながらいつもの大声で叫んだ。

「いいか、俺達は、ずっと仲間だ。今度こそ忘れるなよ!」

耳が赤い。

「くせぇ…」笑いが止まらないやっちょ。

「分かってんだよ、んなことは!!!」今度はやっちょに襲い掛かる純ちゃん。

 

涙が、はらはらと、溢れ落ちた。もう、我慢しなくていいと思ったら、止まらなかった。

ひろくんがこちらに来る。「あぁあぁ、泣いたら目がはれちゃうよぅ…ぅ…でも、よ、良かったね、ぇ…えーん」

塩っ辛い水が、口に入ってきた。決しておいしくは、ない。でも。

自然と笑顔がこぼれる。

 

亀裂は、修復の跡はあったけれど、綺麗に埋まっていた。

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