3年生-初春-3

給食を食べ終え、少しゆっくりしていると。

前の方で騒いでいた今時四人組の一人で、例の馬場さんがつつっと硬い表情でやっちょの前に来た。

「ね、ねえ山野君さ、今日放課後暇?うちらプレイボックス行くんだけど、山野君も行かない?」

プレイボックス。学校のそばにあるさびれたカラオケボックスのことだ。

私はカラオケに行かないので良く知らないが、うちの中学の生徒がその安さに惹かれよく利用するらしい。

夕方6時まで、先着3組様のみ、なんと300円のフリータイムがあるそうで。

持ち込みも自由ということもあり、5時間授業の日は、利用者が多いのだ。

どうやら馬場さんは、プレイボックスの常連客のようだ。

 

普段、やっちょは女子と話さない。

元々話しかけづらいオーラを出しているうえに、話しかけられても仏頂面で「ああ」か「いや」しか言わない。

賢明な女子達の間では「見るだけ」が鉄則になっていた。

それがカラオケに誘うとは、何て勇気のある人なのだろう。

私でなくとも誰もがそう思ったはずだ。

それを実証するようにざわついていた教室が一瞬にして静まった。

バスケをするため、体育館へ向かおうとしていた純ちゃん達も、何事かと、振り向く。

クラス中が固唾を呑んでやっちょの返事を見守る。

加奈までもが緊張した面持ちになる。

それもそのはず、加奈でさえもやっちょとはあまり話したことがないからだ。

 

やっちょは、突っ伏したまま動かない。

「や、山野君…?」

渡辺君がてて、とやってきて、やっちょをつんつんする。

「お~い、ヤス~。お呼びですよ~」

ピクリともしない本人に、ニヘラと、苦笑をうかべ。

「…いやいや~こいつさ、寝つきがめちゃくちゃいい上になかなか起きないんだわあ。待ってて?こいつ起こすのヒロがうまいからさ。ヒロ~」

馬場さんをフォローする。本当に渡辺君はいい人だ。

「もーしょうがないんだからー。折角いいところなのに雰囲気台無しだよ~」

ぷくっと頬を膨らましながらひろくんはやっちょに近づく。

手をやっちょの耳にあて、二言三言囁くと、お見事やっちょが不機嫌そうに起き上がった。

おぉ…

どよめきが起こる。

再度馬場さんがチャレンジしようと。

「あの…」と言うも、やっちょのあまりに不機嫌な顔になかなか次の言葉が出せない。

シン、と再び静まった教室で。

勇気を振り絞るためだろう。ゴクリと唾を飲み、口を開きかけた瞬間だった。

「おい、お前、野球部のマネージャーはどうだ!」

その場にいた全員の期待を裏切って純ちゃんが叫んだ。

開いた口をパクパクさせている馬場さんに対して純ちゃんはなおもたたみかける。

「この万年脱力男のヤスをカラオケに誘うなんていい根性だ!料理は下手そうだし三年てぇとこが痛いがこの際贅沢は言ってられないからな!とりあえず野球部に入っとけば損はさせない!どうだ!?」

目をギラギラさせ、満面の笑みを浮かべながら純ちゃんが馬場さんに近寄っていく。

「何でうちが!?てかうちは部活やるほど暇じゃないし。放課後はカラオケ行ったり札幌行ったり忙しいの!」

顔を引きつらせながら抗議する馬場さん。

すると、ひろくんがすっくと立ち上がって、笑顔で「ちょっと」と言って馬場さんを教室の外に連れ出していった。

隣では、「流石ね、桜井浩明…」と加奈がなにかぶつぶつつぶやいている。

「何?加奈はひろくんが馬場さんに何を話すかわかるの?」

「大方の予想はつくわよ。馬場清美の性格からして食いつくのは間違いないから、ほぼ入部決定ってところね」

「えぇ!?あんなに嫌がってたのに!?何で何で!?」

「だからそこがミソなのよ。いい?奴らは本格的に山野君を餌にしたの。馬場清美はどうやら山野君に本気みたいだし」

「え…」

自分の知らない部分がドキッと反応した。

「恐らくこう言って誘うはずだわ。もし…」

加奈が私に説明しようとしたとき、勢いよく教室の扉を開いて馬場さんが走りながら純ちゃんの席へ向かった。

その表情はさっきとはうって変わってイキイキとしていた。

「うち、野球部のマネやる!甲子園でも何でも目指そうよ!!よろしく加藤君!!!」

よろしく加藤君。

すると席についていた純ちゃんは立ち上がり。

「甲子園は高校だ!しかしその心意気が気に入った!!早速今日から頼む!えーと…」

すかさず後ろから来ていたひろくんの耳打が入る。

「そう!馬場!よろしくな!!」

双方満面の笑みでガッチリと固い握手を交わしていた。

状況を見守っていた周りの生徒から拍手が起こる。

お祭り大好きのこのクラスはこういったプチイベントが日常茶飯事になっている。

渡辺君は器用にも指笛ではやし立ててるし、ひろくんなんかは目に涙をためながら「頑張って」と馬場さんにエールを送っている。

その中でも純ちゃんは沸きあがる歓声に凛々しい顔つきで応えていた。

加奈はまだぶつくさ言っていたようだが、私も爆笑しながら拍手を送った。

ふとやっちょを見るとこの騒々しい教室で一人昏々と眠っている。

奴らは本格的に山野君を餌にしたの。馬場清美はどうやら山野君に本気みたいだし。

そういえば、やっちょのことを好きな子ってどれくらいいるんだろう。

何かが迫ってくるような、落ち着かない感じが私を襲ってきた時。

渡辺君が笑いながら

「いや~、こんなうまくいくなんてねえ、信じられないよなあ」と話しかけてきた。

「うん!本当に純ちゃんってすごいね!でもひろくんもすごいよね!」

気を落ち着けながら笑顔でこたえ、そのまま昼休み中渡辺君と、純ちゃんに声援を送り続けた。

寝ているやっちょを目の端にとらえてはまたすぐ外し、その度に机の下のスカートでこっそり掌に掻いた汗をぬぐいながら。

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