「―って言ってのけたんだぜ、あの馬場によ!!!」
喜色満面を顔いっぱいで表現しながら純ちゃんが大声でまくし立てる。
「それで俺らは大爆笑!しかもヤスが大笑いだからクラスの連中もびっくりでよ、馬場ももう何も言えなくなってやがんの!」
結局四月最後の土曜日には桜は咲かず、こどもの日まで花見はおあずけになった。
こどもの日だからかどうかは分からないが、やっと春を感じさせるような、ポカポカと暖かい陽気だ。
石狩川の河川敷、一番きれいに咲いている桜の下を陣取り、私たちは花見を開催していた。
ここら辺の地域は、酪農家や畑作、畜産農家が占めるので、暢気に花見ができるのは子供達くらいのものだ。
親は時々差し入れを持ってきてくれるくらいで、あとは何をしようが大抵のことは目をつぶってくれていた。
田舎なのだ。
久しぶりに、といっても、たかが一ヶ月だが。実家に帰って来ていた修兄を引っ張って花見に連れてきたはいいものの。
純ちゃんに最近起こった私の武勇伝をトクトクと語られていた。
折角作った修兄へのいたずらも、どうやら今日は出番がなさそうだった。
加奈の言った通り、新入生歓迎会のあった次の日から、馬場さんのマークは一層厳しくなっていった。
事あるごとにやれ何を話した何で笑った何を渡した何をもらったと。とにかくしつこい。
そんな馬場さんとの絡みにいい加減私の我慢も限界になっていた。
何を隠そう私は相当短気なのだ。
その日も給食を食べ終え、まったりしていた私にいつものように馬場さんがやってくる。
しかし、その口から発せられる台詞はいつものものではなかった。
「ねえ、ホント山野君と四宮さんって何なのさ?」
「何って…何が?」
「だから、付き合ってるのかってこと!」
「…は?…」
流石にここまで話が飛ぶといくらなんでもついていけない。
「はぐらかすの!?」
しかし馬場さんはかなり興奮しているらしく、
「修学旅行の班だって一緒だし!!どうなの!?はっきりしなさいよ!」と、段々声のトーンも上げながら私に迫ってきた。
隣の加奈の「ちょっと!」という声にもかまうことなく突っ込んでくる。
「それはさ、だからほら、昔から仲よかったからだよ。純ちゃんもひろくんも、同じく仲いいから」
いい加減言い飽きた台詞だ。
いつもはここらで私が逃げるのだが、
「納得できない!」といきなり馬場さんが叫んだ。
「なんでファンクラブまでやってるうちらが山野君と話せないのさ?幼馴染だからって特権なんてずるいしょや!やっぱし付き合ってるんだべ!!!」
同じ教室内に当の本人がいるのにも関わらず、このまくし立て様は流石にないと思う。
馬鹿でないのか、と思った。
私に言ったって、やっちょと話せるわけではないのに、どうしてこんなに必死なんだろう。
もう相手にするのが面倒くさくなってしまった私は、常々思っていたことをぶちまけた。
「私は話したい時に話したい人と話すだけで、馬場さんには全く関係のないことだと思うんだけど、それってファンクラブと関係あるの?
私はやっちょの友達だよ?話さなきゃ友達じゃないでしょ。それのどこがずるいの?話したいなら馬場さんもやっちょと友達になればいいじゃん」
馬場さんはそのまま棒立ちになり、それまでうるさかった周囲も静かになってしまった。
このお祭り大好きクラスが、こんな修羅場を、見逃すはずがない。
きっと、今か今かと、その時を待っていたのだろう。
注目されている。気まずい。
いきなり誰かが噴き出した。
音の出た方を振り返ると、あろうことか話題の中心にいたやっちょだった。
「……確かに…友達は…しゃべる…ぶはっ!」
その笑いに純ちゃんと渡辺君が続く。
「おいキョウ!そんなんじゃガチの喧嘩には勝てねえぞ!今度みっちりしごいてやる!」
「いやいやいや~!なーんかやっぱ四宮ちゃんってさ、ずれてるんだわあ!残念、今回は馬場さんの負けだべねえ!ダハハハハ!」
爆笑する三人をよそに、尚も静まる教室。流石にここまでは予想できなかったのだろう。全員あっけにとられていた。
いよいよ居辛くなって来た時、加奈とひろくんの最強タッグが動き出した。
「はいはーい、本日はこの辺で終了ですよ~。皆五時間目の準備しようね☆次は体育だから遅れちゃうよ~」
「見せ物じゃないのよ!そろそろ散ることね!」
わらわらと散っていく見物人を横目に、加奈とひろくんが近寄ってくる。
「すごいねキョウちゃん、かっこよかったしかわいかったよ!」
「ま、杏にしては上出来よ。これからは今までより減るんじゃない?それより見た?馬場清美のあの顔!あ~すっきりした!」
二人ともキラキラした目をしていた。
まだ後ろの三人は爆笑していた。
「修もあそこにいたら絶対笑ってたな!な、ナベ!」
「いや~、あれは傑作だったわ。俺思わず指笛鳴らそうかと思ったもんねえ。やや、ほんと、なあんか抜けてるとことか、四宮先輩にそっくりですよねえ?」
おちゃらけたように渡辺君が返す。
渡辺君はバスケ部で、修兄が高校生の時、幾度となくコーチとして練習を見てもらっていたらしい。
「あれ、そんな俺、抜けてるかな?」
苦笑しながら、でもその笑顔は終始柔らかい、私の、兄。
「俺も見たかったな。キョウが怒り出すところなんてしばらく見てないからな~」
まだ未成年のくせにお酒にたいそう強い修兄は、ビールを呷りながらしみじみ笑顔で語る。
札幌に住み始めたせいか、すっかり垢抜けて帰省した彼は、ますます私の自慢の兄だ。
「うん、僕も久しぶりにキョウちゃんが怒ってるのみたけど、とってもかっこよかったんだよ!それに、クラスでやっちょが爆笑するのもすっごいめずらしかったしい?」
ニヤニヤしながらひろくんがやっちょを振り返る。
「まあ、ヤスは?昔から笑い上戸だったからなぁ」
グイっと缶の底に残ったビールをあおりながら、修兄が口元だけ笑ってやっちょを見やる。
やっちょは面倒くさそうに修兄を一瞥するだけで手にした缶に口をつける。
すると、ニヤニヤ顔のひろくんが何かに気づいたかと思うと一転般若のような顔つきでやっちょのところへ近づき、この世の終わりのような声をあげた。
「ややややっや、やっちょ!そそそっそれはもしかしてビールじゃ…!!!!」
「…ビール以外の缶に見えるか?」
事も無げに言い放ち、ぐびぐびとあっという間に缶を空けるやっちょ。
純ちゃんと渡辺君は二人盛り上がっているので気づかない。というかそれがまるで自然とでもいうような雰囲気だ。
加奈は今日ずっとムスっとしながら食べまくっているので、何を考えてるのか分からないけど、とにかくひろくんと私は驚くばかりだ。
顔が真っ青のひろくんが修兄に
「みみみ、未成年だよ!!まだ中学生なのに!修ちゃん止めてー!!!」と助けを求めるも、
「俺だってまだ未成年だけどね」と苦笑するだけ。その笑いに何かがひっかかった。
「ねえ、修兄、もしかしてやっちょがお酒飲むのこれが初めてじゃないの…?」
「あれ、知らなかったか?皆が中学に上がってくらいからかな。篠津(江別の地区名)の宴会に時々顔だしててさ。
親父達がヤスのこと気に入っててよく呼ぶんだわ。ここだけの話、あいつ俺より強いんでないの」
ちょっとした疑問だったのに、修兄から返ってきた言葉は信じられないものだった。
田舎田舎とは思っていたが、ここまで自由奔放だったとは。
注意しなきゃいけない父達がやっちょにお酒を教えていたなんて、学校にばれたらどうするのだ。
親よ、ちょっとは考えてくれ。
私があんぐり口を開けている間に。
叫び散らかすひろくんを軽く無視したやっちょは、平然と修兄の隣に無造作に置いてある買い物袋へ。
しゃがみこんで、新しい缶を取り出す。
視線を感じたのか、顔を上げ、私をみた。
一瞬自分の顔が強張る。
しかし、「何、四宮も飲みたいの、ビールしかないけど」という始末だ。
「あのねえ。親達もいけないけどさ、ほいほい飲むやっちょもやっちょだと思うよ?しかもこんな見晴らしいいとこでさ。先生とかに見つかったらどうするの」
呆れ顔でそう言うと、
「じゃあ目立たないとこで飲んでくる」と、二袋あった買い物袋の片方を持ち上げてどこかへ行ってしまった。
何本かの缶が透けて見えた。
間違いなくビールだろう。黒い星のマーク。サッポロの黒ラベルだ。
「あいつは相変わらずだなあ」心底面白そうに修兄がつぶやく。
「学校でもあんな感じか?」
そう聞かれると「そのまんま」としか言いようがない。
春にぴったりな笑顔の修兄は「そっか」と一言残して、さっきからずっと機嫌の悪い加奈の所へ行った。
この二人は少し複雑な関係だ。
中学一年の夏休み、すっかり仲良くなった加奈が私の家に泊まりに来たことがあった。
修兄を紹介して、挨拶が済むと、加奈は修兄本人の目の前で。
「すいません、あたしあなたのこと好きになれません」と言い放ったのだ。
ちなみに私と初めて会話した時は「杏って呼んでもいい?あたしあなたとすごく仲良くなれそうな気がするわ」だった。
とにかくストレートなのだ。
大好きな二人が仲良くなれないのは悲しいことだけれど。
加奈の性格を考えると、きっと無理やり仲良くさせようとしても無駄なことが分かっていた。
しょうがないかなと納得しようとしたら、いきなり修兄は
「俺は井上さんにすんごい興味があるよ?」と、いつものサンシャインスマイルで切り替えしたのだ。
それからというもの、明らかに嫌がる加奈に修兄は常に極上スマイル包囲網を張っている。
加奈曰く、「ただの嫌がらせ!」らしいが、修兄は純粋に私の親友と仲良くなろうとしてくれているだけだと思う。
加奈は時々深読みしすぎるときがあるからしょうがないのかもしれない。
加奈も加奈で不機嫌オーラを隠さないのもすごいが、そんなに邪険にされても穏やかな笑みを絶やすことのない修兄はさらにすごい。
しかもそれがかれこれ二年近くも続いている。
修兄頑張って!とエールを送りながら周りをみると、いつの間にか皆いない。
どこかで純ちゃんの声がするから、近くにはいるのだろう。
触らぬ神になんとやら。
あまり加奈と修兄の近くにはいたくなかったので、私は皆を探すことにした。
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