3年生-初春-7

「それこそが本当に謎なんですけど」

修兄が「何で?」と問い返した。

「ここの地域の人は全員、ましてや毎日一緒に暮らしてた家族さえうまく騙せてるのに、あたしだけが見抜くとか、どう考えてもおかしいでしょう?

わざとあなたがばれるようにしたとしか思えないけど、それが不思議なんです。あたしは杏の友達なのに」

そこが本当に疑問だった。

確信に近い予想。修兄は、わざと加奈の前でだけ、本性を見せる、という。その確信が、疑問でならなかった。

修兄がわざとばらしたといっても、普通の人間ならば素通りしてしまうわずかな隙を見抜く力が強い加奈だからこそ、その推察に辿り着いたのは確かだ。

しかしひろくんややっちょなど、幼い頃からのスリコミで修兄の仮面を信じきっている人たちは別として。

加奈のように、物心ついてから知り合った人たちの中には自分なんかより余程勘が鋭い人物もいただろうに。

何故ばれないのかと加奈は思うのだ。

加えると、いくら加奈が人の気持ちや行動に敏感といってもまだ15歳。出会った時など、12歳だったのだ。

4歳も年上で、しかもそれよりはるかに年上の人々を手玉に取る、修兄の周到さに敵うわけがない自覚はあった。

だからこそ、その予想が確信的になる。

 

もし初対面の時、少し悲しそうな顔を修兄がすれば、胡散臭さは抜けないものの。

加奈はしっかりと発言の経緯までを説明して謝るつもりでいた。

加奈の最大の美徳は、この“自分が悪いと納得したらきちんと謝罪する”という所だと、私は常々思っている。

しかし加奈ですら予想しない行動に修兄はでたのだ。

加奈は私の親友なわけで、修兄がどんなに自信を持っていたとしても、私は思春期真っ只中の妹だ。

いくら大好きな兄のことでも、親友の言葉の方が断然信用できる年代なのだ。

わざわざリスクを背負ってまで、修兄自らその仮面を、しかも自分の前でのみ脱いだ理由。

加奈は知りたかった。

 

カッコーが、鳴く。本当に、カッコー、カッコーと、言っているように聞こえるから、不思議だ。

 

絶えられないといった感じで修兄が笑い出した。

「あ~ほんと、惜しいわ~。あとちょっとなんだけど」

むっとしながらも、加奈は努めて冷静に返す。

「その理由が分かればあたしもいくらでも対処できるんですけどね」

さらに笑い出した修兄は

「いや…多分無理だと…思うな…うん」

喋るのも少し辛そうだ。

その笑いに加奈はいよいよ腹を立て、今までかろうじて保っていた敬語も忘れて叫んでいた。

「なんなのよ全く!いたいけな女子中学生いじめて何が楽しいのよ!腹立つわね!」

だけど動じない修兄。

いつの間にか笑い終え、その代わりに浮かべている笑みは、私には見せたことのない類のものだった。

優しいお兄ちゃんのでは、ない、四宮修の、笑み。

 

やっと引き出せたのか、それとも、気まぐれで見せてもらっているだけなのか。

判断がつきかねるまま、加奈もじっと、修兄を、睨んだ。

 

修兄の体が動き、加奈に少し近づく。

身じろぎするものの、負けてたまるもんかと加奈も踏ん張る。

クっと、修兄の笑みが深くなった。

「なら、試してみるか」

そう言って、再び動いた修兄。

 

 

加奈にとってはまさに晴天の霹靂だったであろうことが容易に想像できる。

ついさっきまであれほどいきまいていたのに、今は目を見開いて固まっているからだ。

そんな加奈に満足そうな笑顔の修兄は。

「ほらね、無理でしょ、やっぱりさ」と言って。

その甘い甘い顔を、加奈のそれから離し、立ち上がる。

 

そしたら、また夏に。

 

そう言って、帰っていく修兄。

 

固まっていた加奈の手がふるふると震えながらある一点へと伸びていく。

たどり着いたその場所も、小刻みに震えていた。

 

 

「……あ…んの…変態エセ男が…!」

 

喉から絞り出したような声は。

もちろんその場にいなかった私の耳には届かない。

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