3年生-初春-8

時間は30分ほど遡る。

 

加奈と修兄の下を離れ、私は皆を探しながら、のんびり川土手を歩いていた。

北海道の春は、雪解けでぐちゃぐちゃだが、だからこそ新しい命が芽吹く様は力強く、美しく光る。

綺麗に花を咲かせるタンポポに、触るとトゲのあるイラクサは、テンプラにするとおいしい。

そういえばタラノ芽もそろそろ食べごろだ。

ウドはこの間酢味噌で食べたから、今日はそれらをテンプラにしてもらおうかと、晩御飯のリクエストを考えながら。

ふと上を見る。

気持ちのいい青空だ。

色はまだ淡く、遠くにある感じはするが、この時期の快晴の空は、気温といい空気の質といい最高だ。

厳しい冬があるからこそ一層輝く春の風は、息づく香りを乗せて私の心をさらに元気にしてくれるのだ。

 

ふと馬場さんの顔が頭をよぎった。

もしかしたら悪いことをしたのかもしれないと少し反省していた。

別に馬場さんは悪い子ではないと思う。

裏表なく人と接するし、はっきりとした性格だから、純ちゃんもマネージャーに誘ったのだろうし。

でもやっちょのことだと辟易してしまう。

ただ話してるだけなのに、どうして付き合ってるとかそういう話になるのかが分からない。

いいじゃないか、友達で。

友達のどこがいけないのだ。

そう、友達はいいものだ。

そもそも渦中の人でありながら、やっちょのあの知らん顔具合はどうなのだろうか。

やっちょが馬場さんと話せばこの不毛なやり取りもさっさと終わるのに。

 

山野君の家に遊びに行くらしいわよ。

 

加奈の嘘が不意によみがえり、その時の自分の気持ちを思い出す。

やっちょが純ちゃん達を除く自分以外と親しげにしていたら、きっと自分は嫌な気持ちになってしまうのかもしれない。

そうすると、果たして私はどうしたいのだろうか。

いつかやっちょのそういう姿を見るときが来たら、私はどうなるのだろう。

友達でいたい。

けど、やっちょのそばに、友達には分類されない誰かがいるのを、やっちょがその人に優しく笑いかけるのを。

果たして私は笑顔で見守ることが出来るのだろうか。

 

出口のない考えに囚われそうになり、慌てて思考を馬場さん一人に戻す。

少しいきすぎの部分だけなんとかなればいいのにな…などと空を見ながら歩いていると。

 

「そのまま行くと川に落ちるぞ」

声がかかった。

慌てて前を見ると、なるほど。

あと10メートルほどで、雪解け水のキンキンに冷たい石狩川へまっしぐらの場所に居た。

「別に川で泳ぎたいならいいけど」

言わずと知れた彼の声は聞こえるものの、辺りを見渡しても姿が見つからない。

「やっちょ?」

幻聴かな、と不安になって聞くと、周りを白樺で囲まれた桜の木から不自然に花びらが舞い落ちている。

目を凝らすと、桜にしては太い枝にもたれかかっているその人を発見した。

 

「見つからないとこって、桜の木の上ってことだったの?」

呆れながら近寄ると、木のふもとには空き缶がごろごろ落ちている

誰にも見つからず、順調に飲み進んでいるようだ。

びっしりと咲いた花の重みか、枝がしなだれているせいで、木の幹周りはぐるっと桜色のカーテンで覆われていた。

そっと差し込む柔らかな光が花の色を引き立てている。

まるで異空間にいるようで、しかもその空間には私とやっちょしかいないわけで。

否応無しに心拍は跳ね上がり、足元が軽くおぼつかなくなってくる。

私の方が酔っ払いのようだ。

「上来れば?そこより眺めは数倍いいし」

私の心拍数の心配なんかこの人がしてくれるはずもなく。

こちらを見下ろしながら、黙々とビールを飲んでいる。

声がこもって聞こえるのにも反応してしまう自分が嫌になる。

自分だけ恥ずかしがってるのも癪だったので、その人が座る枝目指して木を登り始めた。

これでも木登りはひろくんより余程得意だ。

2メートル程の幹ももろともせず、あっという間にその枝へと辿り着いた。

やっちょは背中を幹に預けていたので、そばの枝から器用に回り込み、やっちょよりも幹から50センチ程離れた場所に腰掛けてみる

 

言い回しは陳腐かもしれないが、本当に自分が桜の精にでもなったような気分だった。

視界は360℃桜の花で。

下を見下ろしても桜の花びらが緑の草と混じっていて、まるで桜餅だ。

この閉鎖された空間は自分のものだけだというなんとも言えない満足感が私を満たしていく。

足をブラブラさせながら、枝に両手をついて周囲を眺めていると、いきなり「ぶはっ」という声がした。

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