手にはくしゃくしゃに握られた買い物袋。
その中には元の形を保った3つの空き缶。
凹んだ残り2缶は置いてきてしまった。
桜の木から落ちたやっちょの下敷きになって、無惨にもぺしゃんこになっていた。
頭の中で繰り返される台詞。
ベコリ、と音を立ててさらに凹んだかわいそうな空き缶。
走ったわけでもないのに、かなりの酸欠状態で元の場所に着くと、加奈が後片付けをノロノロしていた。
相当機嫌が悪そうだが、今の私は気遣う余裕などこれっぽっちもない。
ふらふらと。
まるでヘッドスライディングのように、敷いてあったレジャーシートに倒れこむ。
うつぶせのまま身動きできなくなってしまった。
形を保っていた空き缶。
倒れこむ場所に放り投げてしまった。
私のお腹の下でペキペキと音を立てていた。
痛い。
きっともう大分凹んでしまっただろうが、捨てるのにはちょうど良いだろう。
「ちょっと杏?いきなり何なのよ」
不機嫌極まりない声で加奈が聞く。
でもそれにも言葉を返すことができない。
到底答えにたどり着けなさそうなナゾナゾに、なぜこんなに必死になっているのだろう。
隣には、そ知らぬ顔の、やっちょ。
一泡ふかせてやりたくなった。
「そんなこと言ったら私も本気だすよ?それでやっちょもビビってしまえばいいのさ」
何も考えては、いなかった。
意味なんて、全くなかった。
ただ、向こうが本気なら、私も本気でいくのがスジだろう、と思ったから、言った。
ゆっくりこちらを向いたやっちょ。
そのまま、ゆっくり、傾いて。
気づいた時には、どさっという音がしていた。
空き缶のひしゃげる音。
落ちたやっちょと、買い物袋。
慌てて地面に降りた私。
つかまれた腕。
カサカサと舞う、買い物袋。
突然強烈に感じた森の匂い。
ぼさぼさの髪から覗いた目。
初めて見た、驚いた顔。
「意味、分かってんの?」
そんなもの、なかったはずなのに。
やっちょの耳に入った瞬間。
私の知らないところで、私の発した言葉に。
意味が出来てしまったのだろうか。
「い、意味って?」
よく分からずに聞き返す。
今日は、聞き返してばかりだ。
「…なら。そういうこと、言うな」
私の腕をつかんでいた手の力が、僅かに緩む。
返された言葉はいつものトーンではなく。
俯いて、ため息をこぼしたやっちょ。
もしかしたら、とんでもないことを言ったのかもしれない。
でも、私のせいなのだろうか。
意味とは、何なのだろうか。
「なんか、訳わかんないんですけど」
訳がわかってそうな幼馴染は、俯いたまま。答えはない。
つかまれたままの、腕。
「売り言葉に買い言葉的な感じで、言っただけだよ?意味なんてないよ?」
私を見上げたその顔に、なんだか、切なくなる。
ずるい。その顔は、ずるい。
「もしかして。やっちょ、酔ってる?」
「…酔ってない」
「いやいや、酔ってるでしょ。そろそろ帰ろうよ。片付けしてさ」
帰ろうと、土手の方を向いた瞬間だった。
答えの代わりのように。
ぐっと、やっちょの手に、力がこもった。
「杏!ちょっと!寝てないで手伝ってよ!!!全く~!なんであたし1人で片付けなくちゃいけないのよ!」
加奈の機嫌が良くない。
渋々起き上がり、後片付けを始めた。
いきなり突風がきて、地面に落ちていた桜の花びらが舞い上がる。
夕方になり、トレーナーでは少し寒い。
ぶるっと1回、猫のように震えた。
いつも通り短い言葉。
別に、やっちょにしたら、きっと、意味なんてない。
でも、私の耳に入った瞬間、意味を持って暴れだした。
繰り返し、繰り返し。
まるでお風呂場で歌でも歌っているときのようにこだまする。
また風が吹き、ぶるっと震えた。
もうちょっと、いろよ。
顔だけは、見ないようにした。
振り返らないように、やっちょを見ないように。
見てしまったら、どうなっていたのか。
何言ってんの、酔っ払い。先に片付けてるから、酔い醒ましてから来てよ。
ちゃんと、言えていただろうか。
声は、震えていなかっただろうか。
酔っていたのだ。
やっちょも。
私も。
修学旅行は、一週間後に迫っていた。
3年生-初春-オールアップです。お読みいただき、ありがとうございます。
小話をはさみ、3章へ続きます。
※未成年の飲酒は法律で禁じられています。あくまで小説です。
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