3年生-初春-10

手にはくしゃくしゃに握られた買い物袋。

その中には元の形を保った3つの空き缶。

凹んだ残り2缶は置いてきてしまった。

桜の木から落ちたやっちょの下敷きになって、無惨にもぺしゃんこになっていた。

頭の中で繰り返される台詞。

ベコリ、と音を立ててさらに凹んだかわいそうな空き缶。

 

走ったわけでもないのに、かなりの酸欠状態で元の場所に着くと、加奈が後片付けをノロノロしていた。

相当機嫌が悪そうだが、今の私は気遣う余裕などこれっぽっちもない。

ふらふらと。

まるでヘッドスライディングのように、敷いてあったレジャーシートに倒れこむ。

うつぶせのまま身動きできなくなってしまった。

形を保っていた空き缶。

倒れこむ場所に放り投げてしまった。

私のお腹の下でペキペキと音を立てていた。

痛い。

きっともう大分凹んでしまっただろうが、捨てるのにはちょうど良いだろう。

「ちょっと杏?いきなり何なのよ」

不機嫌極まりない声で加奈が聞く。

でもそれにも言葉を返すことができない。

 

 

 

到底答えにたどり着けなさそうなナゾナゾに、なぜこんなに必死になっているのだろう。

隣には、そ知らぬ顔の、やっちょ。

一泡ふかせてやりたくなった。

「そんなこと言ったら私も本気だすよ?それでやっちょもビビってしまえばいいのさ」

 

何も考えては、いなかった。

意味なんて、全くなかった。

ただ、向こうが本気なら、私も本気でいくのがスジだろう、と思ったから、言った。

ゆっくりこちらを向いたやっちょ。

そのまま、ゆっくり、傾いて。

気づいた時には、どさっという音がしていた。

 

空き缶のひしゃげる音。

落ちたやっちょと、買い物袋。

慌てて地面に降りた私。

つかまれた腕。

カサカサと舞う、買い物袋。

突然強烈に感じた森の匂い。

ぼさぼさの髪から覗いた目。

初めて見た、驚いた顔。

 

「意味、分かってんの?」

そんなもの、なかったはずなのに。

やっちょの耳に入った瞬間。

私の知らないところで、私の発した言葉に。

意味が出来てしまったのだろうか。

 

「い、意味って?」

よく分からずに聞き返す。

今日は、聞き返してばかりだ。

 

「…なら。そういうこと、言うな」

私の腕をつかんでいた手の力が、僅かに緩む。

返された言葉はいつものトーンではなく。

俯いて、ため息をこぼしたやっちょ。

もしかしたら、とんでもないことを言ったのかもしれない。

でも、私のせいなのだろうか。

意味とは、何なのだろうか。

 

「なんか、訳わかんないんですけど」

訳がわかってそうな幼馴染は、俯いたまま。答えはない。

つかまれたままの、腕。

「売り言葉に買い言葉的な感じで、言っただけだよ?意味なんてないよ?」

私を見上げたその顔に、なんだか、切なくなる。

ずるい。その顔は、ずるい。

「もしかして。やっちょ、酔ってる?」

「…酔ってない」

「いやいや、酔ってるでしょ。そろそろ帰ろうよ。片付けしてさ」

 

帰ろうと、土手の方を向いた瞬間だった。

答えの代わりのように。

ぐっと、やっちょの手に、力がこもった。

 

 

「杏!ちょっと!寝てないで手伝ってよ!!!全く~!なんであたし1人で片付けなくちゃいけないのよ!」

加奈の機嫌が良くない。

渋々起き上がり、後片付けを始めた。

いきなり突風がきて、地面に落ちていた桜の花びらが舞い上がる。

夕方になり、トレーナーでは少し寒い。

ぶるっと1回、猫のように震えた。

 

 

 

いつも通り短い言葉。

別に、やっちょにしたら、きっと、意味なんてない。

でも、私の耳に入った瞬間、意味を持って暴れだした。

繰り返し、繰り返し。

まるでお風呂場で歌でも歌っているときのようにこだまする。

また風が吹き、ぶるっと震えた。

 

もうちょっと、いろよ。

 

顔だけは、見ないようにした。

振り返らないように、やっちょを見ないように。

見てしまったら、どうなっていたのか。

 

何言ってんの、酔っ払い。先に片付けてるから、酔い醒ましてから来てよ。

 

ちゃんと、言えていただろうか。

声は、震えていなかっただろうか。


酔っていたのだ。

やっちょも。

私も。

 

修学旅行は、一週間後に迫っていた。

3年生-初春-オールアップです。お読みいただき、ありがとうございます。

小話をはさみ、3章へ続きます。

※未成年の飲酒は法律で禁じられています。あくまで小説です。

 

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