3年生-春-4

オレンジ色から藍色へと変わっていく空の色。

日が沈むと、暗くなるのは一瞬だ。

夕闇の元で20メートル程離れているその人物が誰なのかは、この位置からでは見えない。

ゆっくりこちらに向かって歩き出した。ぎょっとして、固まってしまう。

1歩、2歩。その足取りは、ためらいを知らない。

 

こんな田舎の道路を徒歩で移動する人はあまりいない。

幼い子供達ですら、必ず自転車を持っている。

あと100メートルほどで篠津地区に入るが、逆に、反対方向のこちら側に歩いてくる。

私の後ろは1キロ先の石狩川まで、ただの道路があるだけだ。

なんだか怖くなってきた。

もしかしたら、変質者かもしれない。

そういえば去年、隣のクラスの九嶋君が、

「ねえぼく、おじさんの〇〇〇〇なめてくれない?」と、車に無理に連れ込まれそうになったと騒いでいた。

急に鳥肌が立つ。

いそいそとヘルメットを抱えて自転車に戻ろうとすると、

「ちょっと、待ってよ」

声をかけられた。

心臓が驚くほど跳ね上がったが。

よくよく思い出すと、知っている声だった。

 

改めて、その人物に向き直る。

足元は、きっと、白いスニーカー。ジーンズにトレーナーというラフな格好で、納得する。

普段見たことがなかったので、気づかなかったのだ。

 

「四宮さんでしょ?待ってたんだわ。ちょっとさ、話あるんだけど、いい?」

鼻声でそう言ったのは、馬場さんだった。 

 

「篠津ってなんま田舎だね」

車も通らないアスファルトの上で。

突っ立ったまま、私達は向かい合っていた。

馬場さんの後ろには、暗くなった道があるだけ。

 

田舎田舎と馬場さんは私を馬鹿にするが、そんな田舎に一体何の用があるのだろう。

見たところ、自転車でここまで来たわけでもあるまい。

 

「馬場さん、歩いてきたの?」

「そんなわけないっしょ。親に送ってもらったに決まってるじゃん。もう、わや。ほんと、四宮さんなんて。馬鹿なんでないの」

 

いつもぐいぐいと大きい声で押してくる馬場さんなのに。

内容こそきついものの、少しかすれていて、切ない声。

意味もなく、ドキドキした。

 

「四宮さんに話があってさ。ちょっとついてきてくんない?」

 

くるっと篠津のほうを向いて歩き出した馬場さんに。

自転車を押しながら隣を歩く、全く訳の分かっていない私。

 

車の走らない道の真ん中を、2人、歩く。

家に着くのは何時になるだろう。

 

今日は勝兄の彼女である、由比ちゃんがご飯を作ってくれる日だ。

勝兄と中学、高校が一緒の由比ちゃんは、高校2年生の時から勝兄の彼女だった。

勝兄が帯広の大学にいった時も、江別のコープで働きながら、ちょくちょく私の家に顔をだしてくれていた。

勝兄が江別に戻ってきて6年。

ようやく婚約が決まった由比ちゃんは今、週に2回程花嫁修業で夕飯を作ってくれる。

修行の必要がないほどおいしい由比ちゃんのご飯を、私は毎回楽しみにしているのだ。

もし帰るのが遅れれば、せっかくおいしいご飯が冷めてしまう。

それだけは避けたかった。

 

ヘルメットは脱いだまま。

既に鞄でいっぱいだったかごは、追加されたヘルメットによって、日本昔話の茶碗くらい山盛りになっていた。

汗に濡れた前髪が額に張り付いている。

いくらまだ寒くても、ヘルメットをかぶって6キロの道のりを自転車で行けば、汗をかくのは、否めない。

こめかみの辺りに集まっている横の髪もあわせて、左手で少し整えながら。

ちらちらと、左側を歩く馬場さんの様子をうかがう。

 

馬場さんは、俯いていた。

私の視線を感じたのか、

「うちさぁ、半可くさいこととか、昔から嫌いなんだわ」

つぶやきながら俯きながら、話し始めた。

とぼとぼと、4本の足と、2つの車輪。

暗くてよく見えない、馬場さんの横顔。

 

「どっちなのさって、辛抱たまらなくなっちゃうんだわ。もう、すんごい、短距離型」

 

何を言おうとしているのだろうか。

黙って聞いているものの、いまいち馬場さんの狙いが分からなかった。

わざわざ私を待っていた、その事実がとても不可解だった。


「そんでさ、親父が農協で待ってるからさ、ちゃっちゃと言うわ」

 

JA篠津店

田舎ならではの、農業用品の他に、生活用品、食料品一式が買えて、ガソリンスタンドまである、何でも屋。

農協以外、周りに店はない。

母は、「農協は何でも高いから、コープの方がちょっと遠くてもお得」と言っていた。

私の自転車のライトが弱弱しく光る。

もう、辺りはすっかり暗くなっていた。

 

はるか向こうに見えるのは、街灯と、一灯点滅式の、信号機

田舎すぎて、きちんとした3色の信号機すらないのだ。

交差点の隣には、農協。JA篠津店の文字。

 

ガソリンスタンドの明かりが、やけに白々しかった。

 

※半可くさい=中途半端  

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