3年生-春-5

「うち、山野君が好きなんだわ」

好きなんだわ。

心が、滲んでいく。

馬場さんは、本当に、やっちょのことが好きなのだ。

でも、なぜ、私に言ったのだろう。

それを聞いたからといって、私には何も言うことがないのに。

 

「してね、して、もう無理って思ってね、告白したのさ」

ドクンと一回、心臓が波打った。

ひどく、簡単に言った、馬場さん。

でも、決して簡単ではなかったのではないだろうか。

不意にそう思ったのは、言った馬場さんの声が、僅かに震えていたから。

 

「そしたら、見事にフラれてさ~」

声がいきなり上に伸びた。きっと空を仰いだのだろう。

顔を横に向けると、空を見上げる馬場さんの横顔。同じく上を見上げる。

すっかり黒一色になった空に、点々と星が、輝く。月は見えていない。

いつでも見つけやすい、オリオン座。真冬のほうが綺麗に見える星空だが、3つ仲良く並ぶ星は、季節を選ばず光り続ける。

「うち、フラれてしまった~!見る目ないんでないの~!!」

わざとか、自然にか。たぶんわざとだろう。

いきなり明るく叫んだ馬場さんの声を、星空が優しく吸い込んだ。

 

やはり、加奈の予想は的中していたのだ。

一言で言い表せば、複雑だった。全てが複雑だった。

 

そっか。

 

それしか言えなかった私に、馬場さんが聞いた。

「四宮さんは、山野君のこと、どう思ってるの?」

 

幾度となく聞かれて、幾度となく流してきた質問。

幼馴染だよ、友達だよ、と。

本当のことだ。私は、やっちょのことを、幼馴染で友達だと思っている。

でも、それだけではなかった。

ずっと。気づいてからずっと。しまいこもうとしていた、別の気持ちがあった。

 

上を見ながら。暗い空を、星を見上げながら。


「好きだと思う」

 

言ってしまっていた。

なぜだろう。

馬場さんの前だったからかもしれない。

同じ人を好きだから。馬場さんが、真面目に、静かな声で聞いてきたから。


口に出した瞬間、いきなり気持ちが膨らみ、溢れだす。

言葉は、不思議だ。

 

私はやっちょが、好きだ。

気になるとか、カッコいいとか、そういうレベルではなく、好きなのだ。

それはもう、紛れのない事実で。

 

今度は、馬場さんの方が、そっか、と言った。

もう農協はすぐそこだった。

 

トヨタのライトバンが、ヘッドライトをつけて、ガソリンスタンドに止まっている。

セルフサービスのガソリンスタンド。

一台しかない給油機からは、ホースは出ていなかった。メーターも動いてはいない。

もう給油を終えているのだろう。

ライトバンの中には、がっちりとした体格の男性。

右ひじを開け放った窓から出し、タバコを吸っていた。

馬場さんのお父さんだろう。

少し頭をさげ、挨拶をする。

向こうは、出していた右ひじから先を上げて振ってくれた。

 

「そしたら、また明日」そう言って馬場さんがライトバンに乗り込む。

バタン、と音を立てて閉じた扉。

ただぼうっと、その様子を見ていた。

何も話さなかった。

馬場さんが、そっか、と言った後は、2人とも無言で、ただ農協へと、黙々と歩いた。

 

エンジンがかかる。

動き出すライトバン。

ヘッドライトがまぶしくて、顔をしかめた。

 

すれ違い様、馬場さんが叫んだ。

 

やっぱり好きなんじゃん!!嘘つき!!ばーか!!

 

そして走り去った、ライトバン。

 

成長するにつれ、色んなことが複雑になっていく。

馬場さんが何をしたかったのか、私には分からない。

何のために私の所にきたのか、分からない。

 

分かったのは。

 

馬場さんが、やっちょに告白して、ふられたこと。

私がやっちょを、好きだということ。

 

馬鹿、嘘つき、と言った馬場さんが、笑っていたこと。

農協の脇で、1人佇む私の目から、涙が出ていたこと。

それぐらいだった。

 

楽しみにしていた由比ちゃんのご飯を、すっかり忘れていた。

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