「うち、山野君が好きなんだわ」
好きなんだわ。
心が、滲んでいく。
馬場さんは、本当に、やっちょのことが好きなのだ。
でも、なぜ、私に言ったのだろう。
それを聞いたからといって、私には何も言うことがないのに。
「してね、して、もう無理って思ってね、告白したのさ」
ドクンと一回、心臓が波打った。
ひどく、簡単に言った、馬場さん。
でも、決して簡単ではなかったのではないだろうか。
不意にそう思ったのは、言った馬場さんの声が、僅かに震えていたから。
「そしたら、見事にフラれてさ~」 声がいきなり上に伸びた。きっと空を仰いだのだろう。 顔を横に向けると、空を見上げる馬場さんの横顔。同じく上を見上げる。
すっかり黒一色になった空に、点々と星が、輝く。月は見えていない。
いつでも見つけやすい、オリオン座。真冬のほうが綺麗に見える星空だが、3つ仲良く並ぶ星は、季節を選ばず光り続ける。
「うち、フラれてしまった~!見る目ないんでないの~!!」
わざとか、自然にか。たぶんわざとだろう。
いきなり明るく叫んだ馬場さんの声を、星空が優しく吸い込んだ。
やはり、加奈の予想は的中していたのだ。 一言で言い表せば、複雑だった。全てが複雑だった。
そっか。
それしか言えなかった私に、馬場さんが聞いた。
「四宮さんは、山野君のこと、どう思ってるの?」
幾度となく聞かれて、幾度となく流してきた質問。
幼馴染だよ、友達だよ、と。
本当のことだ。私は、やっちょのことを、幼馴染で友達だと思っている。
でも、それだけではなかった。
ずっと。気づいてからずっと。しまいこもうとしていた、別の気持ちがあった。
上を見ながら。暗い空を、星を見上げながら。
「好きだと思う」
言ってしまっていた。
なぜだろう。
馬場さんの前だったからかもしれない。 同じ人を好きだから。馬場さんが、真面目に、静かな声で聞いてきたから。
口に出した瞬間、いきなり気持ちが膨らみ、溢れだす。 言葉は、不思議だ。 私はやっちょが、好きだ。 気になるとか、カッコいいとか、そういうレベルではなく、好きなのだ。 それはもう、紛れのない事実で。 今度は、馬場さんの方が、そっか、と言った。 もう農協はすぐそこだった。 トヨタのライトバンが、ヘッドライトをつけて、ガソリンスタンドに止まっている。
セルフサービスのガソリンスタンド。
一台しかない給油機からは、ホースは出ていなかった。メーターも動いてはいない。
もう給油を終えているのだろう。
ライトバンの中には、がっちりとした体格の男性。
右ひじを開け放った窓から出し、タバコを吸っていた。
馬場さんのお父さんだろう。
少し頭をさげ、挨拶をする。
向こうは、出していた右ひじから先を上げて振ってくれた。
「そしたら、また明日」そう言って馬場さんがライトバンに乗り込む。
バタン、と音を立てて閉じた扉。
ただぼうっと、その様子を見ていた。
何も話さなかった。
馬場さんが、そっか、と言った後は、2人とも無言で、ただ農協へと、黙々と歩いた。
エンジンがかかる。
動き出すライトバン。
ヘッドライトがまぶしくて、顔をしかめた。
すれ違い様、馬場さんが叫んだ。
やっぱり好きなんじゃん!!嘘つき!!ばーか!!
そして走り去った、ライトバン。
成長するにつれ、色んなことが複雑になっていく。
馬場さんが何をしたかったのか、私には分からない。
何のために私の所にきたのか、分からない。
分かったのは。
馬場さんが、やっちょに告白して、ふられたこと。
私がやっちょを、好きだということ。
馬鹿、嘘つき、と言った馬場さんが、笑っていたこと。
農協の脇で、1人佇む私の目から、涙が出ていたこと。 それぐらいだった。 楽しみにしていた由比ちゃんのご飯を、すっかり忘れていた。
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