3年生-春-11

バスから降りると、肌寒さが全身を覆う。

やはり関東と北海道では気温の差が激しい。

足元から吹き上げる風が、バス移動でダレきった体にカツを入れてくれる。

シャキッと背筋が伸びる感覚は、嫌いではない。

心の底からほっとしている自分に気づき、不思議に思う。

修学旅行はとても楽しかったはずなのに。

見慣れたアスファルトに足をおろしただけで、安心してしまう自分を。 

 

校門前に集まる出迎えの父兄の中に勝兄を見つけた。

手を振ると、銜えタバコで腕組をしながら、アゴを少し持ち上げるだけの返事。

タバコがもし葉っぱだったら、まるで純ちゃんだ。

勝兄は私の兄弟の中では1番純ちゃんと近い気性なものだから、もしかしたらあの仕草も格好つけているのだろうかと思ってしまう。

頭に巻かれた農協のプリントが入った白タオル、つなぎに長靴の格好で、むしろ恥ずかしい。

あげていた手を下ろし、ふいっと顔をそらす。

後で色々言われてしまうかもしれない。

大型バス4台が並ぶ駐車場は、いつもの学校ではないような感じだった。

少し景色が変わっただけで、印象が随分と違う。

帰ってきた安心感と、知っているはずなのに知らないような錯覚の不安とが入り混じって、少しドキドキしていた。

要するに、日常ではないのだ。

いつもと違う、ということが、日常ではない、ということが。

あのお花見から、ずっと続いている気がする。

心のザワザワが、もう長いこと取れてくれないのだ。

 

バスの運転手さんから荷物を受け取り、クラスごとにグラウンドに並ぶ。

校長先生の話が始まった。少し前には、純ちゃん達。

ひそひそ話をしては笑いを堪えているようだ。

渡辺君の肩が小刻みに震えていた。

ひろくんは私と同じくらいだけど、あとの3人は、背が高い。

加えてそれぞれが独特のオーラを持っているものだから、本当に目立つ。

仙台の街中を歩いていても、松島で景色を見ていても、ヒッチハイクで道路に立っていても、いつも目立っていた。

目がいってしまうのは、しょうがない。

少し丸めた背中の上に、パーカのフードがもこっと乗っかっている、その後姿に、何回視線をやっては逸らしてを、繰り返しただろう。

決してその背中が振り向くことはないと。

分かっているのに、少しでも動くとぱっと逸らして。

色々と考えていたし、見ない方が楽だと分かっていたのに、どうしても盗み見てしまった。

目立つやっちょが悪いのだと、だから見てしまうのはしょうがないと、自分に言い訳を作っては。

 

「そしたっけお疲れちゃん。学校は明後日からだし、しっかり休んで疲れを取りましょうね~」

結局山崎先生は、初日にお酒を飲みすぎて菊池先生にたっぷりしぼられてからは、健康的に私達の相手をしてくれた。

その分疲労の色は薄い。顔に”これから呑みに行きます”と書いてあるような表情で解散を告げた。

お土産とドラムバッグを勝兄の愛車である軽トラの荷台に乗せて、前方を見る。

なにやら純ちゃんのお母さんと話し込んでいて、出発には時間がかかりそうだった。

律子おばちゃん。流石に純ちゃんのお母さんというだけあって、豪快であったかい人。

純ちゃんを迎えにきたのに、

「体がなまる~っつって自転車で帰られてしまったわ~。なんの為に来たんだか!」と言って笑っている。

律子おばちゃんの乗ってきたワゴンRの助手席には、純ちゃんの大きなリュックと紙袋だけがあった。

皆、もう帰ってしまっていた。

大型のバスも早々に引き上げ、駐車場には先生達の車と、勝兄と、律子おばちゃんの車しか残っていない。

どこからか牛の鳴き声。少し牛舎の匂いが混じった風に、トラクターのエンジン音が響く。

土も、空も、雲も、紛れもなくここは北海道だと、主張していた。

 

「由比ちゃん元気かい?最近車すれ違わないんだけどまさか別れたんでないだろうね」

「いやいやいやいや、ちょっと、りっちゃん何言ってくれてんの。別れるわけないっしょや。俺と由比だよ?

今丁度実家のほうでアスパラがピークらしいんだわ。少しでも親孝行しときたいんだと」

タバコの煙を燻らせながら話す勝兄は、既に由比ちゃんの旦那気取りだ。

「あら~ほんと感心だね~。もう頭上がんないんでないの?ちゃ~んと幸せにせんば駄目だからね!」

「いっそがしい合間見繕って妹迎えに来たらこれかい!由比でなくて、りっちゃんにこそ頭上がんないわ全く

「なんもいいんでしょうが。年上の言うことは聞いとくもんだよ」

「へいへい」

「とにかくね、今度由比ちゃんとうち寄ってくれるかい?佐久間さんからいっぱい玉ねぎ届いてるから好きなだけ持っていって

ほしいのさ」

「あ、ほんと?お袋喜ぶわ。これから寄らしてもらおうかな」

「したから、折角なんだから2人で顔出しなさいって。大ばあちゃんも由比ちゃんに会いたがってんのさ」

 

荷台に寄りかかり、いつまでたっても終わらない会話を聞き流しながら、加奈のことを考えていた。

私の告白を聞いて、優しく笑った加奈。

純ちゃんの言葉に苦笑していた加奈。

宴会場でニヤリと笑った、加奈。

色んな加奈の笑顔。

そのどれもが、「お見通しよ」と言っているようだ。

実際、そうだったのだ。

加奈には全て分かっていたのだと、今更ながら気づかされ、苦笑が漏れる。

結局のところ、最初から決まっていたのかもしれない。

加奈によって、最初から、手引きされていたのかもしれない。

 

 

 

 

渡辺君のしなやかで伸びのある声に、純ちゃんの少しかすれた大きい声。

修学旅行最終日の宴会場は、純ちゃんと渡辺君のおかげでちょっとしたコンサート会場と化していた。

盛り上がる中、最悪、と隣の加奈が毒を吐いた。

私と加奈の隣で寝転びダラダラしていたやっちょに、馬場さんが近づいてきたのだ。

無意識に見ていたら、目が合った。

馬場さんは知っている。私がやっちょを好きなことを。

意味ありげな視線で睨まれ、怯む。

ふられてふっきれたのか、馬場さんはかなり積極的にやっちょに話しかけ始めた。

 

「山野君は歌わないの?」

「今夜は部屋にいるの?」

「好きなもの何?」

「ちょっとシカトしないでや」

「山野くん、わやかっこいいのにさ。失礼な人だよね。返事くらい返してや」

 

無反応のやっちょに、まったくへこたれていない。

ましてやちょくちょく挟まれる加奈の嫌味を気にするわけもなく。

これでもかというくらい、やっちょに話しかけていた。

すごいなあと、羨ましいなあと、思った。

私は馬場さんのようには出来ない。

そ知らぬ顔で、友達として話しかけるしか、出来ない。

 

綺麗に片付けられたテーブルを見る。

加奈と純ちゃんのおかげで、残り物がひとつもなかった。

塗装され、滲んだようになっているテーブルの木目に、意味もなく人差し指を乗せ、なぞってみる。

渡辺君の心地いい声に合わせるように、指を動かす。

意識的に、歌以外、耳に入ってこないように。

 

「山野君眠いんなら部屋帰れば?なんもうちおぶってってあげるよ。野球部のマネやってたっけ、力ついちゃってさ!」

 

明らかに馬場さんの声。

指は止まり、耳の入り口で心臓の音が存在を主張し始めるのが分かった。


隣でやっちょの動く気配。

どうやら、体を起こしたようだ。

向かい合っているのだろうか、馬場さんとやっちょは。

自分の動揺を悟られないように、視線はテーブルの木目にやったまま。

響くのは純ちゃんと渡辺君の声だったはずなのに、心臓の音が、フェードインしてくる。

次にどちらかが発するであろう台詞に集中する。

きっと、馬場さんがやっちょに近づいた時点で、私の両耳は、あちらに集中していたのだ。

 

わき腹に、何かでつつかれた感覚がした。

漂ってくる甘い香りが緊張の糸を柔らかく断つ。

顔を上げると、加奈がこちらを見ていた。

ニヤリと、うすら寒くなる笑みを浮かべて。

 

 

 

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