

息苦しさで、目を覚ました。
うつ伏せの状態で、首だけを動かし、周りを見る。カーテンで遮光され、薄暗い室内を。
見たこともないデスクの上には14インチのブラウン管に、湯沸しポット。
その下には、透明な袋をかけられたゴミ箱と、小さな冷蔵庫。
木の椅子には、昨夜着ていた服が乱雑に乗せてある。
壁に埋め込まれている大きな鏡に映っているのは、ドライヤーもかけずに寝たせいで、頭が爆発している
自分の顔。
首をもう少し動かし、ベッドについているデジタル時計を確認する。
「08:37」。
昨日この部屋についたのは確か夕方だった。シャワーを浴びる前に「16:06」という時刻を確認している。
その後ベッドに倒れこむように寝てしまったのだから、恐らく16時間程ノンストップで寝ていたことになる。
せっかく東京にいるのだから、1人でも美味しいものを食べに行こうなどと考えていたのに。
ドイツでの留学期間を終え、同じ留学機構の仲間とハンブルクの空港に集まったのは7月31日の朝。
ハンブルクを夕方に出発し、成田には時差もあるので翌日の昼に到着した。
時差ボケは嫌だから、機内でしっかり寝ておこうと思い、アイマスクまで買ったのに、全く眠れなかった。
離陸して間も無く始まった「ハンニバル」のせいで。
どういう事情かは分からないが、離陸直前に搭乗手続きをしたら、ビジネスクラスへ案内された。
スリッパやら毛布やら色々豪華だったが、1番興奮したのは一席に一台ずつ設置されている液晶モニタ
だった。
前の席に埋め込まれているちゃちなものではない。席を倒して寝ながら見られる可動式のモニタ。
映画もニュースもバラエティもなんでもござれということで。ベストポジションへモニタをセットし、映画鑑
賞をはじめたのだ。
そこで始まったのが、ハンニバル。
ドイツの航空会社だから、もちろん日本語の字幕などは存在しない。
西ヨーロッパの人々は、ほとんどと言って良いほど英語を流暢に話すので、ドイツ語の字幕もなかった。
英語は日常会話程度しかできなかったので、最初はなんの映画か良く分からず、そのまま見てしまった
のが運の尽きだった。
もともとスプラッタやホラーなどの映画を大の苦手とする私だが、一度見始めてしまうと、途中で止めたら
「呪われそう」という勝手な脅迫観念から、リタイアしたくても出来ないのだ。
最初の2時間であっという間にグロッキーになってしまい、その後は瞼を閉じると流れ始める凄惨な映像を
見ないように、必死に起きていた。
東京は、とにかく暑かった。
大きなスーツケースを引きつつ、大量の汗をかきながら大都会を歩く。
北海道ではもちろん、ドイツも緯度が高いため、関東の暑さに体が慣れていない。
その上、寝られなかったものだから、たまったものではなかった。
母が予約しておいてくれたビジネスホテルに迷いながらもなんとかたどり着く。
チェックインを済ませ、部屋へと向かった。まだ日は高い。
その日のうちに北海道へ戻っても良かったのだが、姉が丁度東京へ来ているからと、一日ずらして飛行機
の便を合わせたのだ。
素泊まりで一泊5500円のシングルルームは、セミダブルらしきベッドがあるだけの味気ないもの。
とりあえずシャワーを浴びて、このなんだか色々とドロドロした体を綺麗にしたいと、小さい子どものように着
ていたものを椅子に投げ捨て、ユニットバスへと走ったのが昨日の夕方。
ああ、そのまま寝てしまったんだったと、昨日の出来事を思いだしながら、掛け布団をよける。
お腹の方までめくれ上がっている備え付けの部屋着。
ホテルの部屋着というものは、大抵フリーサイズにするためにワンピースタイプが主流だ。
こういうタイプの部屋着で寝て、無事でいたことがない。
ひどい時など、首までずり上がっていることもしばしば。
少し笑い、ヨイショと掛け声をつけながら起き上がる。
同時に部屋着もスルンと元の位置に戻っていく。
チェックアウトは10時。
姉とは13時に羽田で約束しているから、ホテルを出た後にゆっくりとブランチでも取ろうと考える。
まずはぼさぼさの頭を直さねばと、今度は歩いてユニットバスに向かった。

