東京・4

 

多くの人が行き交う搭乗カウンター前で、そこだけ息苦しい雰囲気が漂っていた。

青筋を浮かべている迫田和真さん。

隣にいる姉からは、殺意に満ちた視線が向けられる。二の句が継げない。

無言で目の前の人物をただ見るだけだった。

 

それにしても、見れば見るほど佐々木健介に似ている。

というか、もう、佐々木健介にしか見えない。

ソフトモヒカンは、恐らく流行のベッカムを真似ているのだろうが、悲しいかな、その髪型が、余計プロレスラー

の雰囲気を漂わせていることに気づいていないのだろうか。

笑いたくても、この状況では笑えない。

何か言おうとして顔の筋肉を動かせば、さっきのお地蔵様のように、「ぶふっ」と噴出してしまうだろう。

必死に絶えていた。

 

ため息をつく佐々木健介。

はぁ~、と。これ見よがしに。

「うん。似ていない。全く似ていない姉妹だね。本当に、明日奈の言った通りだ。似ても似つかない」

似ていない。

と、連発しながらがっしりとした腕を組む。

 

似ていないのは分かっている。

正反対の姉と私。

面長に、丸顔。

167センチの長身に、いたって標準の156センチ。

正統派な服装に対し、プーマやアディダスといったスポーツブランド

見た目から180度違う私達は、昔から評判だった。

 

しかし、佐々木健介の言い方は見た目云々ということだけではないだろう。

思い出す。

「明日奈ちゃんはきっちりしてるけど、楓ちゃんは、まー自由というか。姉妹でこうも違うもんかね」

田舎の知り合いによく言われた台詞。嫌味ったらしい台詞。

 

「ごめんね?こんな妹で。折角見送りに来てくれたのに」

”こんな妹”にはまかり間違っても聞かせることのない殊勝な声色を佐々木健介に対して駆使している姉。

パステルイエローのワンピースは、裾が少し広がっていて、身じろぎする度にふわり、と揺れる。

夏らしい、爽やかな姉の格好。

 

『東京に住んでいる友人の元へ丁度遊びに行くので、帰りは一緒の便のチケットを取っておきます。8月2日

14時発新千歳行きの便です。13時にエアドゥの搭乗カウンター前で会いましょう』

 

帰国直前に届いた手紙。

ああ、友人って、佐々木健介のことだったんですねえ。と、今更気づく。

その友人とやらが羽田まで見送りにくるから紹介してくれるようなこも書いてあったような気がする。

ただ単に待ち合わせの時間と場所しか確認していなかった。

姉の友人など、以前から尊敬している1人を除いて興味はないのでそういう部分はすぐ忘れてしまう

恐らく粗相禁止令が暗に出ていたのだろうが、忘れていたのだからしょうがない。

それに、仮にもし恋人が来ると分かっていたとしても、きっと結末は一緒だろう。

一目見るなり佐々木健介の名前を出してしまっていただろう

 

だってこんなに似ているんだもの。

思考がまた佐々木健介へ戻ってしまい、噴出しそうになる。

これ以上見ていては大変と、ごにょごにょ話している2人から、足元へと目線を移す。

白く磨かれた床の上には自分の足。

プーマのスニーカー。

留学していたドイツがスポーツブランドの聖地ということもあり、安価で購入したクライド。

スウェードタイプなのだから、暑いのは当然だった。足に汗をかいている。

お気に入りだからといって、東京に履いてきたのは失敗だった。

買ったのは先月で、まだ匂いを気にしなくて良いものの、爽快とはお世辞にも言い難い。

向かいに見えている、涼しげな姉の足元とは、かけ離れていた。

 

楓ちゃん。

自分の名前を呼ばれ顔を上げると、無理に笑顔を作ったせいで表情筋がこわばっている佐々木健介。

「2週間後に札幌に遊びに行くんだ。泊まらせてもらう予定だから、よろしく頼むね」

妙に「よろしく」の部分に力を入れられ、はて、と思う。

これはもしかしなくとも、何か空気を読めということなのだろうか。

私と姉は2人暮らし。

そこに佐々木健介が滞在する。

ということは。

考えられることは、1つだけ。

うわ、と慌てる。

間違ってもしてはいけない想像をしてしまいそうになった。

 

頭を切り替えたくて、目の前の人物に焦点を合わせる。

油断していた。

目の前には当然、佐々木健介の顔。

 

ぶほっ。

耐え切れず、とうとう噴出してしまう。

咄嗟に下を向いてセキをしながら手を口にあてる。

刺激の強い話にむせたのだと思ってもらいたかった。

初心な乙女と思ってもらって全く構わなかった。

 

私の態度に見かねたのか、姉がチケットを私の頭に押し付ける。

「先に搭乗口行ってて」と、冷たくあしらわれた。

自らの汚点とばかりの扱いだが、こちらとしても好都合だった。

これ以上いると、本格的に笑ってしまいそうだった。

「それじゃ佐々…迫田さん、また再来週に」

これ幸いにと、エヘラ笑いでその場を去った。

  

 

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