マルメンライト・1

10畳のLDK。

少し毛足が長い群青色のカーペットに置いてあるのは、なんとも古めかしいちゃぶ台。

特別意識しているわけではないが、レトロなものが好きな部類に入ると思う。

テレビは姉が生まれたときに祖母が購入したという、ガチャガチャとつまみでチャンネルをかえるタイプの

赤いもの。かわいらしいので、わざとリビングに置いてある。

炊飯器も、母が看護学校時代に使っていたという八角形の3合炊きが未だに大活躍しているし、もちろん

ちゃぶ台もあえてのチョイスだ

部屋の中は、ドイツに行く前よりすこぶる綺麗に片付けられているくらいで、変化という変化は見られなか

った。

案の定、一年間この部屋を1人で守ってきた主はいなかった。

帰りを迎えてくれたのは、いやに綺麗な、がらんどうとした部屋。

 

自分の部屋に大きなスーツケースを置く。

6畳の和室は収納がなく、雑然としている。

申し訳程度に整えられたベッドに、教科書や漫画が積み重なった机。

一年前、慌しく出発したことを思い出し、そのまま手が付けられていないことが良いのか悪いのか。

なんとなく笑ってしまう。

壁には所狭しと写真が貼り付けられている。中学までの幼馴染達のものや、実家のピレネー犬のアップ。

その中でもやはり、ヨシ、タッチャン、ノブちんの写真が多い。

のんだくれて真っ赤な顔をしている写真が多い。

あの頃は、せきたてられる様に毎日夜中まで遊んでいた。

次の日が学校だろうが試験だろうが、お構いなしに遊んでいた。

思い切り笑顔で写っている自分が何だか馬鹿みたいに思えて、何枚かを剥がし、引き出しに投げ入れた。

 

 

リビングに戻ると、ユラユラと漂う煙。

ヨシの好みは変わらない。

ずっとマルメンライトを吸っている。

語呂が良いから好き、なんて理由で、ずっと吸っている。

ただの馬鹿なのだろう。

けだるそうに、我が物顔で人の家のリビングにくつろぐ光景は、今に始まったことではない。

 

ヨシは蒼井優という女優に似ている。本人よりもう少し目は小さいだろうが、顔も声もそっくりだ。

アフロな主人公が「トゥモロートゥモロー」と歌う有名なミュージカル。

その主人公役に蒼井優が抜擢されたのをューで見たときは、思わず電話してしまった。

いつの間にミュージカルなんかでることになったのだ、とまくし立てた。

それほどまでに似ているのだから、しかも似ているのは女優なのだから、ヨシの外見はいい。

もともと蒼井優という女優自体がまだ中学生だったし、童顔で化粧っ気がないので「かわいい」という形容

になる。

本人に言うことは今までも、これからも、決してないだろうが、自分が男だったら直球ストレートど真ん中だっ

た。横柄な態度さえやめれば。

 

「しっかしタッチャンの彼女、気になるなあ」

ん~。

返ってくるのは気の抜けた返事のみ。

ちゃぶ台に置いてあるマルメンライトの箱から1本抜き取って、火をつける。

鋭い視線を感じるが、何も言われないのでそのまま煙を吸い込む。

「ドイツでタバコ買ってたの?」

聞かれて少し戸惑う。

「や、ん~なんかたまに学校の子にさ、もらってて。そいでそれがなあんかお香みたいでうまくってさあ?まあ

週に1本もらうくらいだったけど、吸ってはいたわ。なんて名前だったっけなあ。メンソールではなかたんだけ

どさあ」

ドイツに行く前は、同じようなことをヨシにしていた。

週に1本くらい、マルメンライトの箱から抜き取っていた。

「それをあたしのお土産にとかしなかったんだ?」

「あー?あー、うん、ややや、いや、ヨシにはさあ?ちゃあんと別のがあるんですわ、これが」

「そういうのいらないんだよねー。元木セレクトってハズレばっかだし」

「あ、そういうこと言うんですかねその口は。いいんですね?もう、岩崎さんが泣いて喜ぶような胸キュンア

ムなのに、手に入らなくても構わないんですね?」

「胸キュンアイテムってさ、人それぞれっしょ。あたしの胸キュンが元木に分かってたまるか」

 

1年ぶりに会ったのに、つもる話もせず、かといって荷物を整理することもせず、ダラダラとくだらないことを話す。

もわっと、2本の煙が天井へとあがっていくのをぼんやり見ながら。

 

「ノブちんね、ほんと、ちゃんとしてきたっぽいさ」

「あー、そうなんですか?まあ流石に社会人でキレまくりの暴れまくりじゃあまずいっしょー」

職場でキレまくりに暴れまくりなノブちんを想像して笑ってしまう。

ゆったり上がっていたこちら側の紫煙が波打った。

「や、うん。でもさ、ほんと驚いたんだよね、あたし。だって」

 

客単7千円の店でさ、高卒半年で店長って、ありえないっしょ。

 

煙を吐いた息で言うものだから、ため息のようにいうものだから、聞き逃すところだった。

頭にうまく入ってこず、「あへ?」と間抜けな声を出してしまう。

ノブちんのバイト先なんて、興味がなかったので全く知らなかった。

本人も飲食店としか言っていなかったので、てっきりファミレス辺りだと勝手に思っていた。

客単価7千円の店にキレまくりで暴れまくりな高校時代から勤めていたのかと、軽く感動してしまう。

 

何か言って来いという視線がグサグサ刺さってくるので、とりあえず「まじっすか」と言ってみる。

途端に隣からはため息。

 

「なんかずるいと思わない?高校ん時無茶苦茶だったのにさ、ちゃっかりバイトはイイトコでしてて、その

ま就職してすぐ店長ってさー。確信犯野郎だよ。かわいくないよねーほんと」

「ややややや、ノブちんがかわいいとか、なんつーか怖いんで、やめて?」

「黙って聞いてくれるかな、元木君」

「へいへい、すいませんでしたよ」

「だから、あたしとか北山君とかはさ、これでも秋くらいからもうなまら必死で勉強したわけよ。それまでが、

かなり、ほら、アレだったでしょ?」

「…あー。うん。そうですよねー。それはそれは怠惰な生活でしたもんねえ」

壁から剥がした写真を思い出し、軽く咳払いをしてみる。

あの頃は確かに充実していると思っていたのに、思い出せば出す程、恥ずかしくなっていた。

「まあ別にいいんだけど、楽しかったし。でも、正直酒井君が就職するっていうの聞いて、まあ、いやらしい話

なんか優越感に浸ってたんだよね。酒井君はこの生活から抜け出せないだろうけど、あたしは勉強して大学

受かれば格好いいって、差がつくって、思ってたんだよね」

ヨシの気持ちは分からなくもなかった。

もしかしたら、自分もどこかでそんな生活から1人抜け出して優越感に浸りたかったのかもしれない。

自分は皆とは違う、と思って留学したのかもしれない。

そういういやらしい部分は、ヨシよりも自分の方が強かったのかもしれない。

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