マルメンライト・2

「それでさ、第一志望受かって、やったあたしもやればできるじゃんって思ってたわけよ」

「やや、すごいと思うよ?普通に考えて半年弱で追い上げられる人って、なかなかいないもんでしょ」

「そうそう、そうやって思ってたのさ。でもね?北山君が釧路に引っ越す少し前にさ、酒井君が合格祝いして

くれたのね?なんか札駅にある、就職したレストランの姉妹店ってところで。気軽な格好で来いって言われ

たから普通の格好していったんだけど、カジュアルフレンチのレストランだったの。しかも個室。そこはディナ

ープレートが2500円くらいで、フレンチって考えたらすごくお手ごろだったんだけど、何か気になってさ。聞

いてみたわけよ。酒井君の勤め先もフレンチなの?って」

「それで蓋を開けてみたらばなんとなんと客単価が7千円だったと?」

「しかも!場所がなんと宮の森なの!なんかさあ、テレビでどこ行くんですかってヒッチハイクして先にゴー

ルした方が勝ちってやつあるじゃん?あれの、先にゴールしたって思ってたら、実は1時間前にもう敵はゴー

ルしてたって聞かされて、ヘナヘナってなるってやつあるでしょ?もう、まさにあれ。あの種明かし聞いた時の

気分がホントに分かったわ。しかもこの前店長になったって、ほんと、もう、張り合うのも馬鹿らしいくらい引き

離されてるんだよね。ほんと、ムカつくわ」

 

立ち上がってキッチンに向かう。

10畳のリビングにはみ出るように見えているシンク。

やかんに水を入れ、火にかける。

空港で渡されたジャスミン茶は、既にノブちんの車で飲み干していた。

ざっとキッチンを見渡したところ、私の嫌いなコーヒーしか置いていない。

シンクの下にしまっていた麦茶のパックが手付かずで残っていたので、取り出し、まだ火にかけて間もない

かんに入れた。

こうしておけば、麦茶が完成するのと、お湯が沸騰するのが同時に済む。ズボラな私は、良くこういう手抜きの

技を使う。

 

ヨシの手には、家についてから2本目のタバコがはさまっていた。

相変わらず部屋の中を煙が漂っている。

シンクに寄りかかりながら、ヨシの方を向く。

悔しいと言いながら、その表情はなんだか穏やかだ。

「いやいやいや、すんごいもんだねえしかし。今日の格好からでは想像もつかんかったわ」

あのダサいTシャツで店長なのか。

それでもなんとなく、宮の森辺りは似合うな、と思っていたのだから、なんとも言えない気持ちになる。

「そうなんだわ。いっつもあんな格好だからさ、なんかなお更腹が立つんだよね」

「やや、したけどビシっとスーツとかでキメてこられても、それはそれで腹立つと思うけどね」

 

うん。ただ嫉妬してるだけだしね。

 

眉間に皺を寄せ、煙を鼻の穴から出しつつそんなことを言うヨシに笑ってしまう。

きっとノブちんが頑張っていることが嬉しいくせに、何かと難くせを付けたがるヨシが、面白かった。

 

ピンポーンというチャイムと同時に玄関のドアが開く気配。

タッチャンだろう。

タッチャンの家からは、一区画しか離れていない。一旦着替えてくると言って、家に戻っていた。

リビングのドアを開け、我が物顔で入ってくる。髪の毛は湿っていて、Tシャツの所々に水滴が落ちた後。

家に来るときは、大抵寝巻きのような格好。泊まる時も泊まらないときも、スウェットにTシャツ。

携帯とタバコのみポケットに入れ、他には何も持たずに。いつも髪を濡らしたまま。

そのタッチャンが、紙袋を提げていた。三越の、チェック模様の紙袋を2袋も。

 

「なんかお袋が持ってけってさ。帰ったばっかで飯作るの大変だから食えって」

なんま重かった~。

ドサドサとキッチンの床に置く。

タッチャンのおばちゃんとは割と仲がいい。

遊びに行くと帰りに毎回何か持たせてくれてはいたが、こちらにタッチャンが来るときにお土産をもらうのは初め

てのことだった。

「なにまじですか!そいつあありがてえ!」

早速中を確認してみると、白米に肉じゃが、にんにくの芽と豚肉の炒め物、サバの味噌煮にがんもと大根の炊

合わせ。更に極めつけは北山家秘伝の自家製ニシンと白菜の漬け物という、求めて止まなかった日本の家庭料

理がぎっしりと入っていた。もう片方の紙袋には、350mlのビール缶が6つ入ったパッケージが3つ見える。

「うわわわわわ、ちょっと、もう、なんまうまそうなんでしょ!あああああヨダーレが!ヨダーレさんが止まりません

よ北山氏!どうしましょう!おばちゃんありがとう~!!!」

 

叫びながらちゃぶ台に紙袋の中身を並べていく。

きっとヨシのことも見越してくれていたのだろう。明らかに1人分にしては多すぎた。

一品一品が、透明のプラスチック容器にぎっしりと詰まっている。

3人で食べても、明日の昼まで持ちそうな量だ。

ビールを冷蔵庫に入れていたヨシが食器も持ってきた。移し変え、早速食べ始める。

懐かしい、出汁の味。醤油も味噌も、たまらない。なぜ1年もこの味から離れていられたのだろう。

 

 「あー。もう、なんでしょうこの美味しさ!だめだーあたし日本人。ただいま日本、ありがとう日本~」

「お前そんなんでよく1年も日本から離れてられたな」

ポキポキのタッチャンは食も細い。

早々に箸を置き、ベランダのカウチに腰かけ、ビール片手に一服タイム。

「や~ホントだわ。なしてこんなうまいもん食べなくて平気だったんだべね」

「でもさ、元木料理得意でしょ?ドイツで作らなかったの?」

ヨシも大分満腹になったのか、ビールを取りに立ち上がる。

 

「いや、まあ作ったけどもね?勝手が違うっていうかさ。IHは使いづらいし、炊飯器はないし、食材もビンゴ!って

えのがなかなかなくてさ、結構苦労したわけよ。昆布とか鰹節とか味噌らへんは送ってもらったけどさ、食材選び

がねえ。したって、正月雑煮作ろうと思ったっけさ、三つ葉がないんですよ!?三つ葉がなきゃあねえ、この元木

は雑煮だなんて認めません!と思ってね?同じせり科の代わり、何かないかって探しても、セロリの葉くらいしか

なくてさ。まあ、味も見た目も、似てるっちゃあ似てるけど、やっぱしセロリはセロリなわけよ。雑煮にセロリって!

って思うっしょ?うん、なんかねえ、まあそういう事が多くてさ?日本の食材が売ってるとことかあるけど、わや高

いし、そこまでして日本食にこだわるのもホストファミリーに悪いってんで、たまに作る程度にしてたけどさ、やっぱ

雑煮みたいなパターンが多かったわ」

「お前ホント、よっく喋るのな」

「ちょっとちょっと!感想はそこですか?あたしの苦労話を“よく喋る”で片付けるんですか?タッチャンよう」

「うっせー。ホント、うっせー」

「ちょっと北山君、あたしのマルメンライト吸ってるでしょ。自分のは?」

「あーもらったもらった。丁度家出るときに吸ったのがラストでさー。まー固いこと言うなよ」

 

ぶー、と膨れながらヨシがソファに腰掛ける。 

こちらも苦しくなってきて、カーペットにゴロンと寝転がった。

窓の開いたベランダから、スッと夕方の風が入ってくる。

 北海道の夏はこれだからいい。

昼間は暑くても、夕方になれば程よく冷えた風が吹く。

 時計を見ると、もうすぐ8時になる頃。

薄暗いベランダに、煙がユラユラと踊っている。

マルメンライトの、少し、ツンとしたメンソールの香りが、食べ過ぎた体に心地よかった。

※ 未成年の飲酒・喫煙は、法律で禁止されています!

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