マルメンライト・3

ちゃぶ台の上に無造作に置かれたビールの空き缶の山をボケッと見ていると、中に入ってきたタッチャン

に背を踏まれてしまった。

「ぐえ~っ」

「あ、わり」

「ちょちょちょちょ、何かい?さっきの報復かい?」

ギロリと睨まれ、死んだふりをする。

 

久しぶりだからと、酒が進んでいた。

おばちゃんにもらったビールもそろそろ底をつこうとしている。

ちゃぶ台に転がっている空き缶を数えてみると、全部で16。

恐らく冷蔵庫にはあと2缶しか残っていないだろう。

帰ってきた時、冷蔵庫の中に、酒らしきものはなかったのだから。

足りる気がしない。 

このメンバーになると、ついつい飲みすぎてしまう。

全員がものすごいスピードで、まるで競うように杯を空けてしまう。

 

冷蔵庫を開ける音と、タッチャンの声。

「おい、もうすぐなくなんぞ。岩崎さあ、金貸してくんね?俺酒買ってくるわ」

その台詞で、ヨシの表情が恐ろしいほど悪人の笑顔へと変わって行く。

「あ、いいよいいよ?あたし出すよ?ズブロッカとオレンジジュース買ってきて」

「…プリクラなら今持ってねーけど。てか見せねーけど」

タッチャンの無情な返事に、2人してずっこける。

「ややややや!タッチャン!そこは普通暗黙の了解で家に一旦戻り“ははあ、岩崎様、このちっこいプリク

ラに写ってるめんこいオナゴがオイラの彼女でやんす”とかなんとか献上するでしょう!?何?何早速見

せません宣言しちゃってるわけ!?萎える!萎えるわ~!」

「プリクラがオプションでつかないなら実費でお酒買ってきてよね」

「うっせーな!金出しゃいんだろ!?お前ら一体何なんだよ!」

 

荒々しくアパートを後にするタッチャンを見送りながら、漬物に手を伸ばす。

シャキシャキと歯ごたえがいい白菜。

おばちゃんは漬物の名人。

かぼちゃ漬や粕漬なんかも絶品なので、新作が登場する年明けには、タッパ持参でタッチャンの家に行っ

たものだ。

「な~してタッチャンはあんなに彼女見せたがらないのさ?なんかあんのかい?」

「どうせあたし達に色々言われるのが嫌なんでしょ。ほんとつまんない

「ダハハハハ!なんまダサいわ!あのシャイボーイめ!」

「シャイボーイって!ちょっと元木やめてよ!」

もしその場にタッチャンがいたら、顔を真っ赤にして怒り出すだろう。

その表情を想像して、2人して大声で笑ってしまう。

 

「そういえば、元木はドイツで何にもそういうのなかったの?金髪の彼氏とか出来なかったわけ?」

聞かれて少しドキリとする。

ちゃぶ台に置いてあるタバコの箱からまた1本抜き取り、火をつけた。

いつもは喉で止める煙を、胃まで届くようにゆっくり吸い込み、ため息のように吐く。

「…や~、ドイツ組の連中はそれこそ色々あったみたいだけど、あたしはさっぱりだったわ。てかね、白人

って、内股っていうかね?なんかほら、そうそう、X脚ってやつ?結構いてさ。あたしあれ、駄目だわ。生理

的に無理みたいでね、もうね、1回そういうの意識してしまったら、ゲルマン系皆さん駄目になってしまって

たわけよ。んだもんで、パツキンの彼氏なんて出来るわけもなかったんですよ岩崎さん」

同じ留学機構からドイツに行ったのは、33人。

そのうち、同じ場所で語学研修を受けた16人とは、ドイツ語の練習も兼ねて手紙や電話のやり取りをしてい

たが、その内容のほとんどは、現地でできた恋人自慢で、読むのも聞くのもゲンナリとしたものだ。

 

「北山君もつまんないけど、元木も相当だね」

バッサリと切り捨てられる。

唸りながらくわえタバコのまま、仰向けでカーペットに転がった。

きっとその場に姉がいたら

「火事になるからやめてくれる?あんた1人が死ぬならいいけど巻き添えは嫌」

と言われるだろう。

 

天井には、白い壁紙が貼られている。僅かだが不規則に凹凸がある、白い壁紙。

触れば分かるかもしれないが、天井だと距離がありすぎて、見ただけでは凹凸があるのかどうか分から

ない。ただ白いだけ。

勝手に自分と重ねて見てしまう。

ドイツに1年間行ったという事実はあっても、その1年の間にあった細かなことは、ここからでは見えない

天井の凹凸のようなものかもしれない、と。

 

空気の動く気配に、買い物袋のガサガサという音。

タッチャンが買出しを終えて帰ってきたのだろう。

起き上がり、灰皿にタバコを押し付ける。

視線を感じ顔を上げると、ヨシがこちらを見ていた。

「うぃー。したっけ第2回戦いきますかね。今日泊まってくんでしょ?」

「うんもう帰るのめんどくさいし」

「近いくせに」

タッチャンほどではないが、ヨシの家も徒歩10分もかからない場所にある。

きっと朝まで飲み続けるのだろうと思いながら、ドタドタうるさいタッチャンの足音を待った。

※ 未成年の飲酒・喫煙は、法律で禁止されています!

※めんこい=かわいい

↓クリックいただけるとありがたいです↓

    

 

                                      BACK TOP NOVELS TOP HOME NEXT