hirota・2

円山公園駅から徒歩15分ほどの場所。

生い茂った木々の中に、ひっそりと佇むように、けれど存在はしっかりと主張しながら、その洋館は建ってい

る。

石畳の小道の周りは、花や植木でかわいらしく彩られたアーチ。

開け放たれた扉。

緩やかにカーブしながら、シンメトリーに広がった階段のエントランスが見えてくる。

ドラクエのお城のテーマが流れるくらい、自分にとっては神聖な空間に思えて仕方ない。

カツン、と、ピカピカに磨かれた、大理石のような床に、足音が響くのがさらにその感じを増長させる。

ゴテゴテにならないように、嫌味のない程度に飾られた花や、オブジェに、コレクションケース。

シャンデリアの柔らかなオレンジ色の明かりが、包み込むように灯る空間。

温かな雰囲気を与える店構えは、かなりの好印象だった。

 

エントランス脇にある足の先がくるっと丸まったかわいらしいベンチから立ち上がり、初老の男性がこち

かって歩いてくるのが見えた。

後ろから、お付と見える2,3人の男性も引き連れて。

そのお付の中に佐々木健介を発見し、初老の男性がカウフマンなのだろうと察しがついた。

そう日にちが経たないうちの、佐々木健介との再会。

初見から一週間も経っていない上に強烈なビジュアルなものだから、多少遠目でもはっきりと見分けることが

出来る。

想像していたタキシードではない。

スーツ姿。

それでもやはり、笑いそうになってしまう。

あまりに似ているものだから。

 

「和真に対して少しでも噴出したら、あんたの恥ずかしい話を実名でネット上に公開するから」

とは行きの地下鉄での姉の台詞。

しっかりと気を引き締め、対峙する。

 

もしも佐々木健介がプロレスラーに似ていなかったら、もしも”hirota”でなく、どこかのホテルとかであったら。

きっとこの話が出た時点で思い出していただろう。訝しんでいただろう。

「2週間後に札幌に行くんだ」という、羽田で聞いた台詞を。

 

 

近づいてくるサンタクロースは、見た目を裏切らずに優しい笑顔。

夏なのに、暖炉の前にいる気分。

 

「Also, ist dieses so schoene Madchaen Meine Dolmeyscherin Heute?(さてさて、この綺麗なお嬢さん

が今日の通訳なのかな?)」

「Guten Abend. Ich freue mich Sie zu sehen, herr Kaufmann. Ich heisse Kaede Motoki, und hoffe nuet-

zlich sein kann.(初めまして。元木楓といいます。今夜はお役に立てればよいのですが)」

「Meine Liebe!Du bisst eigentlich Deutsche, oder?Du sprichsst wirklich gut Deutsch!(なんとまあ!

そんなにドイツ語が上手なんて、実はドイツ人じゃないのかね?)」

想像していたよりもずっと気さくな人柄に自然とこちらも笑顔になる。

 

その様子を見て安心したのか、佐々木健介と姉は早々にカウフマンに軽く挨拶し、「よろしくね」の一言のみ残して

その場からいなくなってしまった。

全くあのコンビは性質が悪い。

こちらを覗き込むサンタクロースに気づき、再び笑顔を見せる。

目の前の老人が悪いわけでは決してないので、笑うしかない。

間をもてあまし、どこが会場か、少し目線を動かすと、タキシードの男性がお辞儀をして待っているのが目にとまっ

た。

絶妙のタイミング。

流石にサービスも行き届いているなと感心して顔をあげ、姉に言われたパーティー名を告げようとした、その時

った。

 

ゆっくりと体を起こすその男性を見て。

そのまま固まってしまったことに、気づかなかった。

サンタクロースに声をかけられるまで、時が止まったように感じていた。

 

自分の目にしているものが、信じられない。

軽く後ろへ流れている髪。

タキシードもそれほど重苦しくなく、さらっと着こなしてしまっている。

度が入っていないだろうにかけている縁なしの眼鏡が、嫌味なほど似合っていた。

少し低めに、抑えられた声に、心地良い、丁寧な言葉使い。

そして、いつもの通り、ため息が出るほど綺麗な立ち居振る舞い。

 

正直、立食でもサンタクロース用に椅子が用意されているとか、会場と隣接している中庭にも出られ、そこでは

クレープなどのデザートも振舞われているとか、喫煙所やお手洗いはどことか、受けた説明をサンタクロースに

うまく説明できたかどうか定かではない。

右隣の老人とにこやかに話をしながら、全身で左前にいる人物を意識していた。

 

客単7千円の店でさ、高卒半年で店長って、ありえないっしょ

いつだったかのヨシの台詞。

 

サンタクロースを会場に通しながら、笑いを堪えるように初めてこちらを見たその人。

その見慣れた仕草でようやく、我に返る。

こちらも負けじと、「後で覚えてろよ」的な表情を作り、わざとヒールを鳴らしながら会場に入った。

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