3年生-夏-4

 

遠くで何か虫が鳴いている。

セミだろうか、鈴虫だろうか。それともヒグラシだろうか。

残念ながら、虫に詳しくはない。

風の音ではないのだから、恐らくは虫なのだろうと分かる程度。

やっちょではないので、虫に興味が全くない。

そこで自分の思考を一旦停止した。

 

オレンジ色と紫色がマーブル状になっている空。

雲の白さだけが異様に浮き立つ時間帯。

大体夕方もこのくらいの時間になると、すっと暑さが引いていく。

汗でぐしょぐしょに濡れたティーシャツも、冷たく張り付くばかり。

 

作業がひと段落し、帰り支度をしていた。

エンジンがかかる音。

車に乗り込もうと大きな石から降りると、一本道のはるか向こうから、「おーい」と声が聞こえるような気がした。

声のほうを振り向けば、オレンジと紫の大きな空を背中に背負う人影が見える。

よく見えなくて、道路の脇まで出てみると、真っ直ぐな道に、てんてんと、影。

 

1つではなかった。

4つの自転車と人の影。

ぶつかりそうなくらいスレスレの近さを保ちながらこちらに近づいてくる。

 

その空がとても綺麗だったからか、ただ汗でべとついたティーシャツが冷えたからかは分からないが、体が震える。

確かに、幼い頃の私達が見えた。

純ちゃんは先頭で棒切れを振り回し、私は両手離しでそれに続く。

その少し後ろからついてくるひろくんは、やっぱり泣いていて、笑ってしまう。 

目線をさらに後ろに向けると、幼いやっちょはいない。

確かにさっき影は4つだったと、慌てて見直しても、どこにもいない。

 

いつもそうだった。

気がつくといなかった、やっちょ。

 

夏休みに入ってから、会っていない。

彼は夏の午後を、どう過ごしているのだろう。

寝ているのだろうか、それとも、森にいるのだろうか。

やっちょの家は私の家から2キロほど先にある。

行こうと思えばすぐ行けるはずなのに、1人で訪ねたことはない。

幼い時に、皆と2、3回遊びに行ったことがあるだけだった。

 

瞬きすれば、影など何もない、さっきと同じ、ただ真っ直ぐな道が伸びているだけ。

後ろから、勝兄の呼ぶ声と、エンジン音。

これから夜ご飯の手伝いが残っているのだから、ゆっくり1人歩いて帰るわけにもいかない。

軽に戻ろうとすると、すぐ後ろには修兄。

オレンジがかった紫色に染められた、優しい笑顔でこちらを見ていた。

 

「わ、修兄。びっくりした」

「何かあったのか?」

「…ううん。影が見えたような気がしただけ」

「キョウの願望だったりしてな」

「…え?」

「いや、それだけでもないか。ほら、見てみ?」

促す修兄の目線の先には、豆粒ほどの影。

 

だれかはわからないけれど、大きな虫の音に負けない音量で、その豆粒は叫んでいた。

「キョウー!!やったぞ!!愛媛だぞ!!!」

だんだん大きくなるその影は、大きなドラムバックを斜めがけに背負い、メダルを高々と右手で突き上げながら自転車を漕ぐ純ちゃんだった。

 

純ちゃん達野球部は全道大会の開催地、北見に一週間前から行っていた。

今年の全国大会は愛媛だと騒いでいたから、きっと全国出場を決めたのだろう。

 

「すごい!!!!おめでとうー!!!!」

精一杯大きな声で応えながら、勢いよく近づいてくる、もう軟式ボールほど大きくなった純ちゃんに向かってこちらも走った。

「やったね!!すごいね!!」

駆け寄りながら、純ちゃんの首に下がった銀色のメダルを覗き込む。

「優勝じゃないってとこが格好つかないけどな、まだ全国がある。リベンジだ、リベンジ!」

悔しそうだけど、もう前を向いている純ちゃんの顔が、西日に照らされてキラキラと光る。

「お祝いしなきゃね!いつ出発するの??」

「来週のどっかで行く。全国は12日に始まるから、きっと10日辺りだな」

「じゃああと一週間もないんだ!」

「多分明後日壮行会だ。連絡網が行くと思うぞ」

「そっか!」

「それより今晩暇か?」

「何で?」

「浩明とナベをヤスん家によんでるんだ。キョウも夜暇だったら来いよ!じゃあな!」

 

言うと同時に自転車を漕ぎ出した純ちゃん。

家族の祝いの言葉にガッツポーズをしながら、風のように見えなくなった。

 

 

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