籠には母に持たされたとうきびと、純ちゃんへのお祝い用に、大好きなガリガリくん。
やっちょの家へと、自転車をこいでいた。
暗い夜道に、自転車のライトがうっすらと点る。
ペダルをこぐと点灯するライトだから、昼間よりこぐのが大変なのが難点だ。
ジージーと、僅かなモーター音。
「こんばんはー、お邪魔しまーす!」
鍵のかかっていない引き戸の玄関を開けて中に入ると、純ちゃんの笑い声が聞こえた。
リビングのドアが開いて、やっちょのお母さんが顔を出す。
「あらー、杏ちゃん!遊びに来るのなんて何年ぶりだったっけねぇ」
「お久しぶりです。あ、これとうきび、母が持っていけって」
ガサリ、と、買い物袋を手渡す。
「あぁ、ありがとうねぇ。ご飯は食べたのかい?」
「うん、さっき食べてきました」
「お腹減ったらいももちあるからね。ゆっくりしてって?」
「はい、お邪魔しまーす」
スニーカーを揃えて玄関に上がる。
「康弘ー、杏ちゃん来たよー!」というおばさんの声に階段の上を見上げれば、ひょこっとやっちょの顔が現れる。
あがってくれば?
言ってすぐに引っ込む顔。
当然みたいに言われるのが、どんなに嬉しいか、きっとやっちょは分かっていない。
ガリガリくんの入っている袋。持っている右手は汗でぬるっとしている。
心が落ち着かないのは、この家に入ってから僅かに香ってくる、森の匂いのせい。
部屋に入ると、純ちゃんとひろくん、渡辺君に、山野家の飼い犬、柴のキスケが床に寝転がっていた。
ベッドと机と本棚と。
それだけだったらすごくシンプルな部屋なのに、いや、だからだろうか。
ものすごく大きい水槽に、得体の知れない生命体がうごめいているのが異様に目立っていた。
なるべくそちらには目を向けないように腰を下ろす。
キスケが目ざとく私の持っている袋の匂いを嗅ぎに来た。
「お、キョウ、それなんだ?」
「ああ、ガリガリくん。食べる?」
「わあ!さっすがキョウちゃん!気が利くぅ~」
「キスケはこれね」
犬用ガムを横向きにキスケの口に差し入れる。
ハムハムとガムを加える柴犬。
やっちょの胡坐の中に入り込みながら、口を動かす柴犬。
横目にしながらガリガリくんを既に半分以上たいらげている純ちゃんに声をかける。
「それで純ちゃんいつ愛媛に行くの?」
「やっぱり10日になりそうだな」
「そうなんだ。休みないんだね」
「まあな。うちは牛屋だからいいけど、小倉んとこは忙しいときにってよしみっちゃんがぶつくさ言ってたぞ」
部活仲間のお父さんまであだ名で呼んでしまうあたり、流石に純ちゃんだ。
「そんならオイラが出面するから問題ないっしょ!」
渡辺君が相変わらずのテンションでキスケに食べ終わったガリガリくんの棒をぐいぐいしている。
「でもナベくん家も畑やり始めてるから大変なんじゃない?僕も一緒に手伝おうかなあ」
そこで思わず笑ってしまう。
「なんでキョウちゃん笑うのさぁ!」
「や、ごめん。ひろくんと畑仕事って、ほんと結びつかなくて」
「ダハハ!!!言えてるわ!!ヒロはお家でママンとレモンパイ作るの~ってな感じだもね!」
「いっつもべそべそ泣いてるからだぞ!もっと男らしくしろ!」
「皆ひどいよ~!え~ん!」
「だからそのすぐ泣く癖を直せ!!!」
いつものその空間の中、いつものように話さないやっちょは、それこそいつものことなのに。
なぜだかキスケと無言で寝そべる姿に違和感があったけれど、でもその場の楽しさに気づかないふりをした。
その日の夜中。
酔った父と勝兄の声を夢うつつで聞いていた。
勝兄は何かに叫んでいるようだったけれど、寝ていた私はそれが何のことだったかは分からない。
次の日の修兄の笑顔になんとなく感じた胸騒ぎ。
やっちょに感じた、漠然とした違和感と、どこか似ていた。
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